韓国からの持ち込み例を端緒とした多剤耐性Acinetobacter baumannii によるアウトブレイク事例
(Vol. 31 p. 197-198: 2010年7月号)

はじめに
当院では2008年10月〜2009年1月までに多剤耐性Acinetobacter baumannii (MDRAB)が海外から持ち込まれた例を契機として計26名の患者におけるアウトブレイク事例を経験した。本稿では当院で経験した事例の特徴と行った感染防止対策を紹介する。

経 緯
2008年12月初め、当院救命救急センター(ER)に入院歴のある7名の患者からそれまで院内で検出されたことの無かった感受性パターンを示すA. baumannii が分離されていることが細菌検査室より感染対策室(現感染制御部)に報告された。この分離株は、当院でそれまで分離されたA. baumannii の株の中で、カルバペネム、フルオロキノロンおよびアミノグリコシドの3系統にすべて耐性を示す初めての多剤耐性株であったが、ミノサイクリン(およびコリスチン)には感受性を示した。

遡って調査を行った結果、同じ耐性パターンを示すA. baumannii が最初に分離されたのは、同年10月20日に韓国の病院から人工呼吸器管理下で当院救命救急センター集中治療ユニット(ER-ICU)へ転院となった患者の入院当日の気管吸引液(>108 CFU/ml)であることが判明した。直ちに臨時感染対策室会議を行い、ERにおいてミニレクチャーを行い注意を喚起するとともに、菌の分離にかかわらず手袋・エプロンの個別装着を徹底するなどのpreemptive(先制攻撃的)な接触予防策の強化策を導入した。さらに、感染源の特定のため、環境および医療器具に関する監視培養検査を行った。しかし、12月初旬に行われた初回の調査では、A. baumannii は検出されず、同菌が人工呼吸器関連器材(使用済みバイトブロック)および患者周辺環境から検出されたのは、2回目の監視培養調査結果が判明した2009年1月5日のことであった。

その後、バイトブロックの個人専用化と患者周辺環境の消毒の徹底を行い、追って口腔吸引カテーテルの個人専用化などの対策を追加した。また、救命救急センターの患者受け入れを一時中止し、国立感染症研究所(感染研)FETPによる調査を受けることになった。最終的にMDRABが検出されたのは、同年1月28日までに検体が提出された合計26名に及んだ。このうち、気管吸引液からの検出者は全員ER-ICUで人工呼吸器管理を受けていたのに対し、膿からの検出者は開放創を伴う重度の外傷や褥瘡等を有し、ER-ICU入室ないし形成外科の診療を受けていた。26名の分離株は後日感染研細菌第二部による解析の結果、パルスフィールド・ゲル電気泳動法で同一パターンを示し、韓国での流行株にみられるOXA型カルバペネマーゼを有することが判明した。その後、新たなMDRAB株は検出されていない。

実施された感染防止対策
医療施設内におけるMDRABの伝播様式は複雑であり、アウトブレイクの収束には1)接触予防策、2)病院環境清掃・消毒、3)医療器具の消毒、の3点の強化・徹底を同時進行的に行う包括的な感染コントロール戦略が必要となる。

1)接触予防策の徹底
標準・接触予防策強化のため、オートディスペンサー式アルコール擦式手指消毒薬、ガウンおよびエプロン、手袋、医療廃棄物容器を各病室に増設し、アクセスの改善を図るとともに、不潔な物品を運搬するリスクを低減させた。関連部署では、適切な接触予防策を行うために、入院患者に定期的な監視培養(週2回、喀痰または気道吸引検体、便、尿)と感染が疑われる部位の培養検査を実施した。今回の事例では比較的短期間に陽性患者の集積が認められたため、関連診療科の新規患者受け入れを一時制限し、MDRAB検出患者を特定の病棟にコホーティングの上、個室管理とした。

開放創を伴う重度の外傷や褥瘡の場合、消毒や包交処置など処置内容が複雑で、手袋やガウンの着脱や手指消毒を適正なタイミングで実施するには、医療チームの連携が不可欠である。感染対策手技の改善のため、実際の患者さんの包交時の様子をビデオ撮影し、各医療チーム内で閲覧して討議した。その結果、処置を始める前に予め処置内容や感染防止対策の手順を確認し、チームスタッフの役割分担を明確にすること、各種処置前には互いに声かけを徹底すること、等の取り決めを行った。包交については、外科系各科で構成した委員により、院内共通の包交手技手順を作成し、院内感染対策マニュアルへ追録を行った。

2)病院環境の清掃・消毒の徹底
当院の事例では、環境の監視培養で流し台などの水回り環境や患者ベッド柵表面、包交車からMDRABが検出された。これらの環境消毒を徹底するとともに、包交車を原則廃止とした。現場スタッフによる環境の清掃・消毒に関しては管理表を導入し、担当実施者の捺印を義務付け、各人の責任を明確にするシステムとした。病棟新規患者受け入れ再開前には、第4級アンモニウム塩含有除菌クリーナーによる一次殺菌消毒後、一定時間放置し、器材材質別に次亜塩素酸Na製剤(1w/v%)または消毒用エタノール(76〜81%)による清拭消毒を行った。

3)医療器具の消毒
バイトブロックや汎用吸引カテーテルの個別化(一部ディスポーザブル化)を行った。監視培養では検出されなかったが、バイトブロックの個別化後も新たな検出例がみられたことから、吸引カテーテル等の呼吸器関連器材も交叉感染に関与していた可能性は否定できない。

4)その他
全病院職員を対象に院内教育講習会を通じた情報提供と教育、手洗いやエプロン着脱の実習を行った。また、タイムリーに全病院職員への情報を提供するため、コンピュータ見出し画面で新規関連情報をupdateするシステムを導入した。

感染拡大の要因
MDRABの感染経路は複雑であり、本事例における感染拡大の事由も単独の原因に帰せられるものではない。しかし、インデックス例入院からバイトブロック等の呼吸器関連器材の個別化等の特定の対策がとられるまでに、約1カ月半を要し、このタイムラグが感染拡大の一因となったことは否めない。このように時間を要した理由として、1)MDRABという菌そのものに対する認識が欠如していたこと、2)環境・医療器具の培養からのMDRAB検出に時間を要したこと、が挙げられる。1)については、インフェクションコントロールドクターや検査技師がMDRABのアウトブレイクが世界的な問題となっていることを知り、分離菌がMDRABであることを認識したのは同年11月末であった。2)については、初回の環境監視培養検査では環境から拭き取ったスワブをいったん、ブイヨンで増菌後、DHL寒天培地に塗布したところ、緑膿菌のみが発育し、アシネトバクターの発育はみられなかった。2回目はぬぐいスワブを直接DHL寒天培地に塗布した結果、漸くMDRABの検出を認めることができた。現在では培地にイミペネムやシプロフロキサシン等の抗菌薬を混ずる選択培地を採用している施設もあるが、環境からMDRABを的確に検出する培養法の標準化が望まれる。

最後に
MDRABによる施設内感染アウトブレイクの制圧には、標準・接触予防策の遵守のみならず、環境や医療器具の衛生管理の徹底を併せて包括的に行う必要がある。いずれもより良い病院衛生環境の構築につながるものであり、地道な感染対策の改善と継続が重要である。

謝辞:本事例への対応、収束に当たって多くの支援ならびに助言を頂いた福岡市の皆様、国立感染症研究所感染症情報センターおよび同細菌第二部の皆様に深甚なる謝意を申し上げます。

福岡大学病院感染制御部 高田 徹

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