新型インフルエンザ(A/H1N1pdm)オセルタミビル耐性株(H275Y)の国内発生状況[第2報]
(Vol. 31 p. 173-178: 2010年6月号)

はじめに
2009年にメキシコ、北米で発生した新型インフルエンザウイルス(A/H1N1pdm)はその後、日本を含む世界各国に広がった。A/H1N1pdm株はM2阻害薬のアマンタジンおよびリマンタジンに耐性であるため、WHOでは新型インフルエンザの治療薬としてNA蛋白を標的とするオセルタミビルおよびザナミビルを推奨している1)。世界各国で分離されているA/H1N1pdm株のほとんどは両薬剤に対して感受性であるが、散発的に、NAに特徴的なアミノ酸置換(H275Y)をもつオセルタミビル耐性株が検出されている。日本は世界最大のオセルタミビル使用国であることから、オセルタミビル耐性株が流行の主流になれば、医療機関における治療方針の見直しが必要となる。したがって、国内における薬剤耐性株の発生状況を迅速に把握し、自治体および医療機関に速やかに情報提供することは公衆衛生上極めて重要である。そこで国立感染症研究所(感染研)では全国地方衛生研究所(地研)との共同研究により、A/H1N1pdmについて抗インフルエンザ薬剤耐性株サーベイランスを実施している。本稿は速報として2009年12月25日にIASRに掲載された中間報告2)の続報である。

2009/10シーズンのA/H1N1pdm分離株について、各地研において毎週概ね5株を目標値としてNA遺伝子の部分塩基配列を決定し、H275Yオセルタミビル耐性マーカーの有無を検索した。H275Y耐性マーカーをもつ分離株については、引き続き感染研インフルエンザウイルス研究センター第一室においてオセルタミビルおよびザナミビルに対する薬剤感受性試験、赤血球凝集抑制(HI)試験による抗原性解析、ならびにNA遺伝子系統樹解析を行った。また第一室では、各地研から感染症サーベイランスシステム(NESID)に登録されたインフルエンザウイルス分離株の5%を無作為に抽出し、随時分与を依頼し性状解析を行っている。これらの分与依頼株すべてについてもオセルタミビルおよびザナミビルに対する薬剤感受性試験を行った。

1. 国内の耐性株検出状況
地研別のオセルタミビル耐性A/H1N1pdm株検出状況を表1に示した。各地研におけるNA遺伝子部分塩基配列の決定および感染研における薬剤感受性試験を合わせて、A/H1N1pdm分離株6,089株について解析を行った。その結果、69株のオセルタミビル耐性株が検出され、出現頻度は1.13%であった。2009年12月の第1報で報告された出現頻度は1.6%であり2)、現時点ではオセルタミビル耐性株の出現の増加はみられていない。各地研において解析されたA/H1N1pdm分離株は、無作為に抽出されたものが大半であった。しかし、一部には、インフルエンザ入院サーベイランス(重症化、死亡例)からの検体や薬剤治療が奏功していない事例を優先的に調べた成績も含まれていることを考慮する必要がある。また、検出された69株のオセルタミビル耐性株のうち7株はオセルタミビル耐性株と感受性株の混合配列(H275H/Y)をもっていた。

図1に都道府県別オセルタミビル耐性A/H1N1pdm株検出状況を示す。国内で検出されたオセルタミビル耐性株はほとんどが散発例であり、ヒトからヒトへの感染伝播は、限局した事例を除いて確認されていない。また、耐性株の大半はオセルタミビルの治療投与または予防投与中に検出されている。

2009/10シーズンに感染研において行われた海外分離株を含む薬剤感受性試験の実施状況を季節性A/H1N1、A/H3N2およびB型株と合わせて表2に示した。国内で分離されたA/H3N2分離株5株およびB型分離株15株について薬剤感受性試験を行った結果、いずれもオセルタミビルおよびザナミビルの両薬剤に対して感受性であり、耐性株は検出されなかった。

2. 薬剤感受性試験
H275Yオセルタミビル耐性マーカーをもつA/H1N1pdm分離株についてNA-Star基質を用いた化学発光法により、オセルタミビルおよびザナミビルに対する薬剤感受性試験を行った。その結果、H275H/Yの混合配列株を除くすべての耐性株は、感受性株に比べて平均で約350倍高いIC50値を示し、オセルタミビルに対する感受性が著しく低下しており、薬剤感受性試験においてもオセルタミビル耐性株であることが確認された。H275H/Yの混合配列株では、耐性株と感受性株の中間のIC50値を示した。また、すべてのオセルタミビル耐性株はザナミビルに対しては感受性を保持していた(表2)。

3. 抗原性解析
七面鳥赤血球を用いたHI試験によるA/H1N1pdm分離株およびオセルタミビル耐性株の抗原性解析結果の代表例を表3に示した。国内分離株については、ワクチン株A/California/7/2009フェレット抗血清に対する8倍以上の抗原変異株は現在までに4株検出され、出現頻度は0.57%である。そのうち1株 [A/Shizuoka-C(静岡市)/172/2009] は2009年5月に検体採取されたオセルタミビル耐性株であった。しかし、オセルタミビル耐性株を含むほとんどの国内分離株の抗原性はワクチン株A/California/7/2009に類似しており、オセルタミビル耐性の抗原変異株は広がっていない。

4. NA遺伝子系統樹解析
A/H1N1pdm分離株のNA遺伝子系統樹解析の結果を図2に示した。A/H1N1pdm分離株のNA遺伝子は国内株、海外株ともに季節性インフルエンザウイルスのNA遺伝子のような明らかなクレード3)を形成せず、V106IおよびN248Dの共通のアミノ酸置換をもつ一群に分類された。オセルタミビル耐性株もこの一群に散在しており、特定のグループを形成する傾向は認められなかった。

5. 海外の耐性株検出状況
インフルエンザウイルス研究センター第一室では、2009/10シーズンに海外分離株170株についてオセルタミビルおよびザナミビルに対する薬剤感受性試験を実施した(表2)。A/H1N1pdm分離株に関しては、海外5カ国の73株について解析を行ったが、耐性株は検出されなかった。季節性A/H1N1分離株は世界的に分離報告数が非常に少ないが、ラオスで分離された4株はいずれもオセルタミビル耐性株であった。A/H3N2分離株に関しては、中国および台湾分離株のそれぞれ1株でNAにD151D/Gの混合配列が見られ(表2*)、ザナミビルに対して10〜20倍感受性が低下していた。B型分離株は海外5カ国の31株について解析を行ったが、耐性株は検出されなかった。

一方、海外のWHOインフルエンザ協力センターからの情報では、南北アメリカ、中国、東南アジア諸国から収集したA/H1N1pdm分離株の1.1%(米国CDC成績)が、欧州、アフリカ諸国からの分離株の0.7%(英国センター成績)がそれぞれオセルタミビル耐性であり、わが国と同様に海外でもオセルタミビル耐性株は散発的に発生しているのみである。また、これら耐性株はすべてザナミビルに対しては感受性で、世界的にもザナミビル耐性株はまだ見つかっていない。

おわりに
2008/09シーズンにはオセルタミビル耐性の季節性A/H1N1株が世界中に広がり、わが国でもオセルタミビル耐性A/H1N1株の出現頻度は99.6%に達した3)。これらの耐性株の多くは、オセルタミビルの投与を受けていない患者から分離されており、ヒトからヒトへの感染伝播によって急速に広がったと考えられる。

一方、2009/10シーズンにおけるオセルタミビル耐性A/H1N1pdm株の出現頻度は1.13%と低い。本サーベイランスでは6,000株余りの分離株について調べたが、大半は無作為に抽出した株について解析を行った。しかし、本サーベイランス開始当初は、抗インフルエンザ薬投与患者や「重症化・死亡例」および薬剤投与後に耐性が疑われる事例を優先的に解析し、いち早く耐性株を捉えることも目的の一つであったことから、耐性株の出現頻度の評価に当たっては、一部はバイアスがかかっていることも考慮しなければならない。しかし、今回の成績は、2007/08シーズンに、北ヨーロッパ由来のオセルタミビル耐性季節性A/H1N1株が国内に侵入する以前の時期における、国内での耐性季節性A/H1N1株の検出頻度(抗インフルエンザ薬投与前の患者からの分離株のみ)とほぼ同様であり4、5)、特に増加傾向にはない。さらに、オセルタミビル耐性株の大半が散発例であり、接触者への感染伝播もほとんど確認されておらず、地域的な広がりも生じていない。

H275Y耐性マーカーをもつオセルタミビル耐性株は、薬剤感受性試験においてIC50値の上昇を示す。この臨床的意義について、わが国でもいくつか報告があるが、15歳以下の小児ではオセルタミビル投与の臨床効果が低下し、成人では臨床効果の低下がそれほど顕著ではないという結果であった6、7、8)。オセルタミビルについては、重症化阻止や肺炎合併例に対する治療効果に関する評価は確定しておらず9)、耐性株に対するオセルタミビル投与の臨床的意義は不明である。一方、すべてのオセルタミビル耐性株は、ザナミビルに対して感受性を保持していることから、オセルタミビル耐性株に対してはザナミビルによる治療は有効であると考えられる。また現在のところ、オセルタミビル耐性株を含むほとんどのA/H1N1pdm国内分離株の抗原性はワクチン株A/California/7/2009に類似しており、新型インフルエンザワクチンは、オセルタミビル耐性A/H1N1pdm株にも有効であると考えられる。

H275Yに加えてI223Rにアミノ酸置換をもったウイルスは、オセルタミビルおよびペラミビルに対する高い耐性を獲得するとともに、ザナミビルに対してもある程度の耐性を示すことが報告されており(米国CDC情報)、今後この2つのマーカーについて耐性モニターの標的対象を広げる必要があろう。

2010年1月には、経口投与のオセルタミビルと吸入投与のザナミビルに加えて新たに点滴静注投与のペラミビルが国内発売され、NA蛋白を標的とする抗インフルエンザ薬は3種類になった。ペラミビルのノイラミニダーゼ阻害機構およびそれに関わる分子構造は基本的にはオセルタミビルと同一であり、オセルタミビルとは交差耐性を示すことが明らかになっている。今後、医療機関でのペラミビル使用量が増すと、ペラミビル耐性株の出現も危惧される。そこで今後は、ペラミビルに対する薬剤感受性試験系を確立し、ペラミビルを含めた新たな薬剤耐性株サーベイランスを実施していく必要がある。一方、分離頻度は極めて少なくなったとはいえ、季節性インフルエンザA/H1N1株は地球上から消滅していない。したがって、A/H1N1pdm株と季節性A/H1N1株との間で遺伝子再集合が起こり、ヒトからヒトへの感染伝播力を獲得したA/H1N1pdmの耐性株が出現する可能性も否定できないことから、引き続き薬剤耐性株の発生状況を監視する必要がある。

 参考文献
1)WHO: http://www.who.int/csr/resources/publications/swineflu/h1n1_use_antivirals_20090820/en/index.html
2)IASR 31: 49-53, 2010
3)IASR 30: 101-106, 2009
4)Monto AS, et al ., Antimicrob. Agents Chemother. 50: 2395-2402, 2006
5)Tashiro M, et al ., Antiviral Therapy 14: 751-761, 2009
6)Kawai N, et al ., J Infect. 59: 207-212, 2009
7)Kawai N, et al ., Clinical Infectious Diseases 49: 1828-1835, 2009
8)Saito R, et al ., Pediatr Infect Dis J 29, 2010
9)Jefferson T, et al ., Cochrane Database of Systematic Reviews 2010, Issue 2, 2010

国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター第一室
全国地方衛生研究所
国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センター
独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部生物遺伝資源情報部門

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