The Topic of This Month Vol.31 No.5(No.363)

つつが虫病・日本紅斑熱 2006〜2009
(Vol. 31 p. 120-122: 2010年5月号)

つつが虫病と日本紅斑熱は、わが国に常在する代表的なリケッチア症であり、感染症法に基づく全数届出の4類感染症となっている。野外活動中に、つつが虫病はツツガムシの刺咬によってOrientia tsutsugamushi に、日本紅斑熱はマダニの刺咬によってRickettsia japonica に感染する。両疾患とも発熱、発疹、刺し口を3主徴とする。日本紅斑熱は、潜伏期間がつつが虫病に比べやや短く、発疹は四肢から体幹に広がり、刺し口は小さいなどの臨床的な差があるが、鑑別には実験室診断が必須である。

つつが虫病:2006〜2009年は417、383、447、458例が報告されている(図1表1)。性別は男895例、女810例で、年齢のピークは70〜74歳にある。都道府県別では、福島、鹿児島は年平均50例を超え、青森、秋田、千葉、神奈川、新潟、岐阜、宮崎などで年20例前後が報告されている(図2a表1)。2006〜2009年の間の特記事項は次のとおり:(1)沖縄県内での感染が強く示唆された患者1例を確認(それ以前の報告1例は県外での感染、IASR 30: 17-18, 2009)。(2)極めて稀な都心での感染が推定される患者1例を確認(本号9ページ)。(3)秋田県ではアカツツガムシによるKato型O. tsutsugamushi による古典型つつが虫病患者1例を15年ぶりに確認(本号4ページ)。

月別報告数は、全国集計でみると5〜6月と11〜12月に二つのピークがある。しかし、媒介ツツガムシの種類とその生態、地理的分布、気候条件によって、地域ごとの発生パターンは大きく異なる(図3、本号5ページ6ページ・、IASR 27: 27-29, 2006)。O. tsutsugamushi を国内で媒介するツツガムシは大きく3種(アカツツガムシ、フトゲツツガムシ、タテツツガムシ)がある。アカツツガムシは北日本の一部に限られKato型を媒介し、フトゲツツガムシは全国に分布しKarp型とGilliam型を媒介する。タテツツガムシは山形県(北緯38度)から九州南部まで分布しKawasaki型とKuroki型を媒介する。

日本紅斑熱:2006〜2009年の報告数は49、98、135、129例と増加している(図1表1)。性別は男199例、女212例で、年齢のピークは70〜74歳である。都道府県別では三重県が最も多く、千葉以西の太平洋岸を中心に、報告されている(図2b表1)。また近年、患者発生地の広がり(本号11ページ)に加え、新たな患者集積地が確認されている(本号10ページ15ページ)。

全国集計でみると2006〜2009年の月別報告数は、5〜10月にかけて増加していた。しかし、つつが虫病と同様に発生時期のパターンは地域により異なっている(図3、本号10ページ12ページ15ページ)。2009年には急性感染性電撃性紫斑病という極めて稀な重症例も報告されている(本号16ページ)。

重症化と治療:つつが虫病と日本紅斑熱は確実な治療法があるにもかかわらず、しばしば死亡例が報告される(表2)。さらに、届出で把握されない死亡例も散見される(IASR 27: 37-38, 2006)。つつが虫病の治療には、テトラサイクリン系の抗菌薬が著効を示し、投与後ほとんどの患者が24時間以内に解熱する。また、日本紅斑熱においては、テトラサイクリン系抗菌薬とニューキノロン系抗菌薬の併用が重症化の阻止に有効であるとされている(IASR 27: 37-38, 2006)。リケッチア症を疑った場合は、迅速な抗菌薬治療が患者の回復に有効であるが、リケッチア症の治療薬として保険が適用されるのはミノサイクリンのみである。

その他のリケッチア症:宮城県で2008年に日本紅斑熱として報告された症例は、その後の実験室精査と現地調査から、極東ユーラシアで報告されているR. heilongjiangensis による紅斑熱群リケッチア症であることが日本で初めて確認された(本号17ページ)。今後、北日本においても類似の紅斑熱群リケッチア症例が発生する可能性がある。一方、輸入リケッチア症例もしばしば確認されている(本号8ページ)。2008年には、インドネシアのバリ島からの帰国者2名と中国海南島からの帰国者1名の発疹熱(R. typhi 感染)が確認され、2009年にはモザンビークからの帰国者2名がAfrican tick bite fever(R. africae 感染)であることが確認されている(本号18ページ)。

実験室診断:つつが虫病の実験室診断は、間接蛍光抗体法または間接免疫ペルオキシダーゼ法による血清抗体の確認が一般的で、標準3血清型(Kato、Karp、Gilliam型)の抗原を用いる間接蛍光抗体法は保険が適用され、民間検査所でも検査可能である。しかし、その他の血清型株感染者の抗体価上昇が捕らえられない場合もある(IASR 22: 211-212, 2001)。一部地方衛生研究所(地研)では、標準3血清型の抗原に加えて、地域で流行しているKawasaki、Kuroki、Shimokoshi型等の抗原を用いる検査も行っている(本号4ページ5ページ8ページ)。日本紅斑熱は、つつが虫病と同様の検査が実施されるが、つつが虫病に比べ検査可能な施設は限られている(本号20ページ)。

新規リケッチア症、輸入症例の実験室診断には、つつが虫病標準3型以外の血清型、R. japonica を含む多様なリケッチア種の抗体検査が必要である。また、リケッチア症の遺伝子検出では、国内では急性期血液を検査材料としていたが、海外では刺し口や発疹部の生検材料が以前から用いられ、国内でも有効であるとのデータも蓄積されている。今後それらの検体を検査に供することにより検出率の向上による診断精度の改善が期待される(本号6ページ10ページ17ページ18ページ20ページ)。

おわりに:つつが虫病と日本紅斑熱は、4類感染症の中で患者報告数が常に上位の疾患であり、死亡例も発生している。これらを含むリケッチア症患者が、患者集積地に限らず、全国いずれの地域においても受診する可能性があることを医師は忘れてはならない。また、夏場に発生する古典型つつが虫病や、新たなリケッチア症に関しても注意が必要であり、各地域における発生状況の解析と情報提供がその地域の医療機関や住民の予防啓発に有効である。

患者把握のための精度の高い実験室診断、感染地推定のためのリケッチアを媒介するベクターを含めた疫学調査等、リケッチア症全体を視野に入れた全国的なサーベイランス体制の強化が重要である。

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