広島県における日本紅斑熱患者の発生状況
(Vol. 31 p. 131-132: 2010年5月号)

広島県では1999年に初めて日本紅斑熱の患者が確認されて以降、2009年10月までに計30名の患者が確認されている。患者の発生は1999年の1名以降、2004年までは確認されなかったが、2005年に2名、2006年に1名、2007年に5名、2008年に4名、2009年に17名と、確認される患者数は増加傾向にある。これは患者発生地域の医療関係者の日本紅斑熱に対する認識が広まってきていること、県地域保健対策協議会と県医師会の協力を得てつつが虫病と日本紅斑熱の啓発パンフレットを作成し県内医師に配布したことにより、県全体の医療関係者でリケッチア症に対する関心が高まったことが一つの要因となっていると考えている。

患者の発生地域は図1に示すように県東部の沿岸部に集中しており、患者30名のうち29名の推定感染地域は三原市、尾道市、福山市および府中市の隣接する4市にまたがっている。しかし、2009年の8月には県西部の広島市で感染したと推定される患者が1名確認され、県西部でも日本紅斑熱患者が発生している可能性が示唆された。今後は早急に患者が確認された近隣の地域でのベクター調査等を行うとともに、医療関係者に注意喚起する必要があると考えている。

患者の発生時期は図2に示すように4〜10月で、感染の多くは里山を背後に抱えた集落近辺での農作業中や自宅付近での作業中、散策中などに起こっている。患者発生地域の10地点(東部9地点、西部1地点)で行ったマダニ類の調査ではキチマダニが優勢種で、他にタカサゴチマダニ、ヤマアラシチマダニ、フタトゲチマダニ、タネガタマダニ、ヤマトマダニ、タカサゴキララマダニが確認され、このうち東部2地点で採集されたヤマアラシチマダニからRickettsia japonica (Rj)が分離・検出された。ヤマアラシチマダニは採集される時期が4〜10月と、患者の発生時期と合致しており、県内のベクターとして重要な役割を果たしていると考えている。

患者の確定診断はRjを抗原とした間接蛍光抗体法で実施しているが、2007年からは急性期の全血や刺し口の痂皮検体が得られた患者については、それらの検体から抽出したDNAを用いたPCRによる遺伝子検査も併せて行っている。PCRはリケッチアの17kDa蛋白のコード領域をターゲットに行い、紅斑熱群リケッチア(SFGR)に共通のプライマーセットとRj特異的プライマーセットの2通りを用いて実施している。2007〜2009年に全血または痂皮が得られた患者18名(全血および痂皮が得られた者7名、全血のみ6名、痂皮のみ5名)について行ったPCR検査では10名の検体が陽性となった。血液検体の陽性率は38%(5/13件)であり、痂皮検体の陽性率は58%(7/12件)であった。PCRで得られた産物の塩基配列をダイレクトシークエンス法で決定したところ、いずれもRj YH株と配列が一致しており、患者10名はRj遺伝子陽性と確認された。そのうち1名は県西部で発生した患者であり、広島県内では県東部のみならず県西部においてもRjによる患者が発生していることが確認された。なお、SFGR共通プライマーセットも用いているのは、Rj以外のSFGR感染による患者発生の可能性を想定しているためであるが、2007〜2009年までの患者検体ではRj以外のSFGR遺伝子は検出されなかった。

県内のリケッチア症については患者検査、ベクター調査等を進めているが、まだ十分ではなく、今後もこれらの調査を進めていき、正確な情報を提供していく必要があると考えている。

広島県立総合技術研究所保健環境センター 島津幸枝 高尾信一 谷澤由枝

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