福島県におけるタテツツガムシによるつつが虫病
(Vol. 31 p. 125-126: 2010年5月号)

つつが虫病は福島県において重要な地方特有の疾患である。この疾患の病原体であるOrientia tsutsugamushi (以下Ot)を媒介するツツガムシは、広範な福島県の各地方(中通り、浜通り、会津)の河川敷を中心に農耕地、山林などのさまざまな環境に分布するものと推測されている。散発的な症例報告を除き、福島県におけるつつが虫病の発生状況のまとめはまだ行われていなかった。

Otには各種の血清型が存在し、血清型と媒介するツツガムシ種には密接な関係がある。古典型とされるKato型はアカツツガムシが、新型のうち、Karp型またはGilliam 型はフトゲツツガムシが、Irie/Kawasaki 型またはHirano/Kuroki 型の血清型Otはタテツツガムシが媒介する。また、東北地方におけるタテツツガムシの幼虫は秋に宿主動物に吸着しなければ越冬できないとされている。

2009年の秋に、福島県中通り地方の白河市と郡山市周辺でそれぞれ29例と12例、計41例のつつが虫病の発生を経験した。これらの症例は、大原綜合病院附属大原研究所での血清学的診断の結果、すべてがIrie/Kawasaki型かHirano/Kuroki型に型別されたことから、タテツツガムシによるつつが虫病であることが推測された。

福島県の中通り地方南部の白河市周辺は、つつが虫病好発地域である。2009年は35例の届出患者があった。白河市にある白河厚生総合病院皮膚科にはこのうち30例が受診した。5月受診の1例(Karp型)を除き、29例が秋の発症で、血清学的診断から26例がIrie/Kawasaki型、3例がHirano/Kuroki型であった。発症月別では、10月が14例、11月が15例とほぼ同数であった。

福島県中通り地方中央部に位置する郡山市の周辺では、2009年には15例のつつが虫病症例を経験した。3、4、5月にそれぞれ1例ずつの発症(Karp型)の他、秋の発症は12例で、うち9例がIrie/Kawasaki型、3例がHirano/Kuroki型であった。発症月別では、10月、11月ともに各6例であった。また、12例中6例から8カ所の刺し口痂皮を採取し、これらの痂皮から抽出されたDNAを鋳型としてPCR法により56kDa蛋白遺伝子の一部を増幅し遺伝子解析を施行した()。福島県南部の塙町から県中の郡山市内におよぶ広範な地域から検出された症例のうち、Irie/Kawasaki型血清上昇をみた5例が、Kawasaki株と同じクラスターに属し、一方のHirano/Kuroki型の血清上昇をみた1例は、Kuroki株と同じクラスターに属した。以上の結果より、今回、福島県において秋から晩秋に集中的に発症したつつが虫病は、タテツツガムシによることが強く示唆された。

福島県のつつが虫病は、近年患者数の増加とともに、発症の多い時期と血清型に変化が見られる。1985年では、患者発生のピークは春にあり、27例の患者届出があった(福島県衛生公害研究所年報No.3、1985年)。2001〜2005年の報告では、福島県の月別報告数は3〜7月の春のピークと、10〜12月の秋のピークの2峰性を呈している(IASR 27: 27-29, 2006)。2009年は1985年の3倍以上の96例が報告され、秋に高いピークを有する2峰性(春11例、秋85例)となった。発症の多い時期と血清型の相関を考慮すると、春発症のフトゲツツガムシ媒介性つつが虫病が優位であった従来と比較し、2009年は、秋発症のタテツツガムシ媒介性つつが虫病が全体を押し上げていると考えられる。

これまで福島県におけるつつが虫病は、その臨床症状に気付かず見過ごされてきたこと、的確な診断をせずにテトラサイクリン系抗菌薬にて経験的に治療されたことなど、結局確定診断に至らない状態(Under diagnosed)であったと推測される。

また、従来行われてきたコマーシャルラボによる血清学的検査はGilliam 、Kato、Karp型のみであり、タテツツガムシに特有なIrie/Kawasaki 、Hirano/Kuroki型が含まれていない。このことは、前述の「診断に至らない状態」に加え、福島県内のつつが虫病発症の全体数を押し上げる秋の発症ピークが確定診断されることなく見過ごされていた可能性がある。

当地域における2009年のつつが虫病発症ピークは秋であり、血清型がタテツツガムシ媒介を示唆するIrie/Kawasaki、Hirano/Kuroki型であった。2000年以前からの発生ピークの変化からも、今後もその傾向が続くことが予想される。この結果をもとに、地域住民や医療関係者への啓発はもとより、的確な血清学的、遺伝子学的診断を基に臨床データを蓄積することが、ひいては早期発見や非典型例の診断に直結し、実際の臨床現場に還元されることを確信するものである。

白河厚生総合病院皮膚科 竹之下秀雄
太田西ノ内病院総合診療科 成田 雅
宮崎県環境衛生研究所 山本正悟
国立感染症研究所 安藤秀二
大原綜合病院附属大原研究所 藤田博己

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