山形からアジアを監視(サーベイランス)する
  −エンテロウイルス71型の分子疫学−
(Vol. 31 p. 104- 105: 2010年4月号)

エンテロウイルス71型(EV71)は、A群エンテロウイルスに属し、コクサッキーウイルスA16型、コクサッキーウイルスA10型などとともに夏かぜの一つである手足口病の主たる病原である。教科書には、“全身症状は一般に軽く、発熱は40%程度、時に無菌性髄膜炎を合併”などと書かれているが、20世紀の終わりから、主にアジア地域で小児の重篤例、死亡例が多数報告されるようになった 1,2)。

山形県では、急性気道感染症(手足口病患者を含む)から4〜6種類の細胞を用いてウイルスを分離、保存、一部のウイルスについて疫学研究を行ってきた 3)。また、国立仙台病院(現仙台医療センター)ウイルスセンターでは、1980年代から山形市内の患者検体からウイルスを分離、保存していた。

アジア地域におけるEV71による小児の重症例が多発したことを受け、アジア人として、我々にも何か貢献できないかと考えた。ワクチン製造、抗ウイルス薬の開発は不可能である。山形にあるのは、長年保存蓄積されたEV71臨床分離株であり、必然的に疫学研究を実施することとなった。

1990〜2007年までの 154株のEV71臨床分離株(仙台医療センター・西村秀一博士から分与を受けた1990〜1997年の9株を含む)のうち、76株について、血清型の決定に関与し、ワクチン開発研究のターゲットとされているVP1の全塩基配列を決定した 2)。

結果、現在A、B0〜5、C1〜5の12遺伝子型が報告されている 4)が、1990〜2007年の山形ではB2、B4、B5、C1、C2、C4の6つの遺伝子型が入れ替わりながら病気をおこしていた実態が明らかになった()。株数が多い1997年以降を見ると、クラスターC(遺伝子型C2、C4)が変異しながら5年の長期にわたり観察され続けたのに対し、クラスターB(B4、B5)は短期間のみ出現した。2003年9月にはC4からB5に切り替わり、B5が外部から山形に侵入したことが示唆された。経験的に、“クラスターBに比べ、クラスターCのウイルス株は中和されにくい(難中和である)”、という仮説をもっていたが、モルモットで作製した免疫血清による実験で確かめられた2)。重症化と遺伝子型の関連性にはまだ結論がでていないが、クラスターBとCでこうした違いがあるという結果は、EV71の病原性を論じる上で重要な観察ではないかと考えている。

クラスター間で微妙な違いがあるとはいえ、遺伝子型が異なっても抗原性が大きく変化するわけではない。実際、マウスの実験で、B4のVP1 部位をもとに作製した合成ペプタイドで産生された中和抗体がB2、B5、C2、C4の山形株に対し重症化阻止効果があることが確かめられている5)。我々もヒト中和抗体が7種類の遺伝子型のEV71を中和しうることを確認している2)。これらのことから、我々は、EV71ワクチン戦略としては、麻しんの場合と同様、中和抗体を効率良く産生しうるワクチンを開発できれば、遺伝子型が変わっても一定の効果を期待できるという考え方を提示することができた 2)。良いワクチンが開発されることを期待したい。

山形で観察した遺伝子型は、時期が前後することはあれ、環太平洋諸国からも報告されている()。この事実は、人の行き来とともに、EV71が広くこの地域を循環していることを意味している。国際化の時代、山形という日本のローカルな一地域での観察が、概ねアジア地域のEV71の動きを反映しているのである。このことは、新型インフルエンザのみならず、私たちに病気をおこしうる多くの病原体が常に外国と日本の間を行き来していることを示唆している。

我々は、ウイルスを分離、保存、解析することなしには中長期的なウイルス感染症対策はありえない、という仮説をもって、引き続き山形からサーベイランスを続けていこうと思っている。

 文 献
1) IASR 25: 228-229, 2004
2) Mizuta K et al ., Vaccine 27: 3153-3158, 2009
3) Mizuta K et al., Jpn J Infect Dis 61: 196-201, 2008
4) Van der Sande S et al ., J Clin Microbiol 47: 2826-2833, 2009
5) Foo DGW et al ., Microbes Infect 9: 1299-1306, 2007

山形県衛生研究所
水田克巳 青木洋子 池田辰也 安孫子千恵子 阿彦忠之

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