2012年麻疹排除宣言に向けて
  一地方衛生研究所の取り組み姿勢と提言−
(Vol. 31 p. 46-47: 2010年2月号)

はじめに
2009年10月、まだ新型インフルエンザのパンデミックの最中であったが、奈良市での第68回日本公衆衛生学会(大会会長:車谷典男・奈良県立医科大学地域健康医学教室教授)において初めて「地衛研フォーラム:麻疹排除(2012年)計画に向けた保健所、地衛研、感染研の果たす役割」(座長:多屋馨子、田中智之)が開催された。

このフォーラムでは、麻疹排除に向けた日本の現状の取り組み、患者と接する一般医療機関の対応と問題点、積極的な麻疹排除に取り組んでいる保健所と衛生研究所それぞれが果たしている役割について情報提供をしていただき、「麻疹先進国」に変身する原動力とし、また、時間の許す限りワクチン接種状況についても情報提供した。

このフォーラムから約半年を経た現在、麻疹患者の報告は全国的に少なく、したがって全国地方衛生研究所における麻疹検査も極めて少ない。当市もその例外ではない。しかし、このような状況が真に麻疹の減少を意味するものかどうか検証する必要がある。その中で浮かび上がってきたいくつかの課題について、当市における麻疹発生状況を例として報告する。

堺市における麻疹対策
2000年、関西一円に見られた麻疹はその後さらに国内流行に拡大し、その感染源が堺市からだ、とまで言われた。それまでの麻疹対策の不備は否めず、可及的速やかにワクチン対策等を講じた。2004年1月には、堺市医師会との協議のもとに麻疹全数報告制度を導入し、検査体制の充実と共に麻疹排除対策を充実していった。その後患者数は減少し2006年にはゼロとなったが、2007年の全国的な流行には抗し切れなかった(図1)。

2009年は麻疹発生届出数は8名あり、その内訳は麻疹(検査診断例IgM抗体検出4名、修飾麻疹(検査診断例)IgM抗体検出4名であったが、検査検体の提出はなかった。その患者年齢分布は、1歳1名、6歳1名、30歳以上6名であった。一方、当研究所への麻疹ウイルス検査依頼は16例で、その内訳は咽頭ぬぐい液13、鼻腔ぬぐい液3、末梢血液12、尿1、合計29検体であった。これらの検体は、定点医療機関、基幹病院、一般医療機関から提出されたが、保健所には届出されていないものばかりであった。それらの結果を表1に示すが、遺伝子検査、麻疹ウイルス分離はすべて陰性であった。2症例がIgM抗体陽性であったがRT-PCR検査は陰性であった。

なお、麻疹ウイルス遺伝子検出・分離培養方法は国立感染症研究所病原体検出マニュアルに準拠し、またELISA 法による麻疹IgM・IgG抗体測定は「ウイルス抗体EIA「生研」麻疹IgM・IgG(デンカ生研)」の能書に従った。

以上の経過の中で挙ってきた課題は、届出患者の検体搬入はなく、また、診断目的の搬入検体には保健所を含めて当市の麻疹サーベイランス制度が検体情報を把握し切れていない点であった。また、IgM抗体の判定が添付能書では判断に苦しむ症例があった。

考 察
厚生労働省からの麻疹全数把握制度が開始されているにもかかわらず、2009年の麻疹報告数は全国的に著しく減少した。麻疹感染が本当に減少しているのか、慎重な解析が求められている。新型インフルエンザH1N1pdmパンデミックが減少要因として作用しているという報道もある。つまり、手洗い等の励行による感染予防策が、麻疹を含めて他の感染症減少効果に繋がっているとの考察が先行しているが、科学的な証明はなされていない。一方では減少は数字的なもので、新型インフルエンザ予防行動に裂く時間に忙殺され、各自治体、医療機関等の現場には他の感染症の報告に余裕がなかったため、という見方もある。もしこのような外部要因が働いているとすれば、麻疹排除行動の原点にもう一度立ち返るチャンスとして活かさなければならない。

2009(平成21)年度厚生労働科学研究「ウイルス感染症の効果的制御のための病原体サーベイランスシステムの検討」麻しん研究小班(駒瀬班)では、WHOの推奨するIgM抗体検査の比重とは距離を置き、麻疹(麻疹疑い)患者の鼻・咽頭ぬぐい液、血液、尿のいわゆる臨床検体3点セットを用いたウイルス遺伝子検出を推奨し、日本における麻疹の基本的診断検査と位置づけている。それに呼応して検査体制の要である衛生研究所は、麻疹レファレンスセンターを中心に技術研修等による診断精度の向上に努め、その成果は上がっている。

当市で浮上した課題としては、麻疹患者の届出の実態とそれを確定診断するための収集検体が必ずしも一致していなかったことである。つまり、検査検体の質とその情報が乖離していた点にあった。

臨床ウイルス学的には、感染経過と麻疹ウイルス排出時期、免疫反応は明らかとなってきている。それゆえ、IgM抗体検査と遺伝子検査の不一致を防ぐためにも、検体採取方法等をマニュアル化し医療現場等へ配布するとともに、より的確な時期に最適な検体採取ができるような協力体制を構築する努力が今後益々重要と考える。

麻疹患者報告数減少という(怪奇)現象の中で、医療現場には数少ない患者の丁寧なサーベイランスを依頼し、かつ3点セットの採取検体を衛生研究所に搬入するシステムをより緊密に継続していくことが極めて重要と考えられ、そのキーパーソンは保健所以外にはないと思われる。保健所は麻疹排除対策の統括部門である。衛生研究所は検体搬送等のみならず、患者一人一人の情報収集・保管、また診断検査について保健所とより密な連携・協力を図ることが最も重要である。

さらに現在の全数届出規準を単なる患者の届出ではなく、確認検査の必要性を明文化した届出制へ見直しが必要ではないだろうか。

「麻疹先進国」日本に変身するためには、国、各自治体保健所、医療機関そして地方衛生研究所がスクラムを組みながら前進することが基本であると考える。

堺市衛生研究所
田中智之 内野清子 狩山雅代 三好龍也 松尾光子 高橋幸三 吉田永祥

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