飲料水が原因と推定されるカンピロバクター食中毒事例−長野県
(Vol. 31 p. 9-10: 2010年1月号)

2006年〜2009年11月までの間に長野県内で発生した食中毒事例は71件であった。このうち細菌を原因とする事例は28件(39.4%)で、うちカンピロバクターを原因物質とするものは8件(全事例の11.3%、細菌事例の28.6%)と、細菌性食中毒の中では最も多い発生数であった。8件のうち7件は、鶏肉等の原材料汚染が原因と推定された事例であったが、他の1件は飲料水が原因と示唆された事例であり、カンピロバクター食中毒としては比較的規模が大きく、62人の患者が発生した(表1)。今回は、この2006年8月に発生した飲料水が原因と推定されるカンピロバクター食中毒事例を報告する。

2006年8月7日、2自治体からそれぞれ、長野県内の施設を利用したグループが発熱、下痢、腹痛等の食中毒様症状を呈し、医療機関を受診しているとの情報が県衛生部を通じて管轄保健所に入った。

調査の結果、A高校、B高校およびCスポーツ少年団の3グループの施設利用者108人中、62人の患者が確認された。患者62人の主な症状は、下痢54人(50.0%)、発熱47人(43.5%)、腹痛43人(39.8%)、頭痛36人(33.3%)、吐気20人(18.5%)、悪寒18人(16.7%)、倦怠感15人(13.9%)などであった。

グループ別の患者日別発生状況は、8月2日昼から当該施設を利用したA高校は8月5日午後をピークとする一峰性を、8月3日午後から利用したB高校は8月6日午前をピークとする一峰性を示した(図1)。カンピロバクター食中毒の平均潜伏期間は約3日間であることから、これら2グループは施設利用直後からカンピロバクターに曝露していた可能性が高いと考えられた。一方、8月4日午後から施設を利用したCスポーツ少年団の発生状況は、明瞭なピークを認めなかった(図1)。Cスポーツ少年団は高校生グループよりも年齢層が低いにもかかわらず、発症率は29.4%と高校生グループ(65.6%および73.8%)に比べ低かった。さらに、潜伏期間も他の2グループよりも長い傾向を示したことから、カンピロバクターの曝露量が少なかった可能性が示唆された。

3グループとも当該施設で提供された食事を喫食していたものの、A高校とCスポーツ少年団は宿泊日が異なっていたことから、3グループすべてが喫食した特定の献立はなかった。当該施設の飲料水は、自家用水であった。3グループはいずれもスポーツの合宿で施設を利用していたこともあり、この自家用水とこの水で製造した氷で冷やした麦茶を多量に摂取していたことが、聞き取り調査で明らかになった。

自家用水は、当該施設から500m程度離れた、雑木と雑草の混成地に、直径1mのコンクリート製の土管を埋設し、その内側に貯留する井水を水源としていた。土管の周囲は他の土地よりも低くなっており、すぐ近くの湧水が流入することで直径5〜6m、水深50〜60cm程度の池になっていた。土管内の水面と池の水面の高さが同じであったことから、池の水が土管内に浸透していた可能性が考えられた。水源の水はポンプで汲み上げられ、塩化ビニール製のパイプで施設まで送水されていた。

自家用水の消毒は、塩素剤を土管内に貯留した水に直接滴下することで行っていた。塩素注入器は土管上部の開口部に設置されていたことから、鉄製の蓋で完全に閉めることができず、大きく隙間が開いていた。立入り調査時に注入器内の塩素剤は空で、自家水中の残留塩素は検出されなかった。また、注入器の塩素残量の確認および給水栓における残留塩素の測定は、少なくとも1カ月間行われていないことが分かった。

患者便について、3グループを所管する各自治体で検査を実施したところ、37検体中25検体からCampylobacter jejuni が検出された。同時に、本県において当該施設の従事者便8検体、検食16検体、自家用水3検体、氷1検体、ふきとり4検体、合計32検体の検査を実施したところ、従事者便3検体からC. jejuni が検出された(表2)。

カンピロバクター食中毒の原因となる可能性の高い肉類はすべて加熱して提供されており、また検食から原因物質のC. jejuni は検出されず、3グループすべてに共通した食品がなかったことから、当該施設で加工調理した食品が原因となった可能性は低かった。

自家用水3検体およびこの水で製造した氷1検体からは、C. jejuni は検出されなかった。しかしながら、前述の疫学調査結果のとおり、自家用水の水源は外部からの汚染を受けやすい構造であったことから、この水がカンピロバクターによって一過性の汚染を受けていた可能性が推察された。

飲料水が汚染されると大規模な食中毒事例につながりやすいことから、水源および水道の管理の徹底がより一層重要であると考えられた。

長野県環境保全研究所
笠原ひとみ 上田ひろみ 吉田徹也 粕尾しず子 畔上由佳 内山友里恵 長瀬 博 藤田 暁
長野県衛生部食品・生活衛生課
長野県佐久保健福祉事務所食品・生活衛生課

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