The Topic of This Month Vol.30 No.12(No.358)

細菌性赤痢 2006〜2009年
(Vol. 30 p. 311-313: 2009年12月号)

細菌性赤痢はアジアで年間9,100万人が感染し、栄養状態の悪い小児を中心に41万人が死亡していると推定されている(IASR 26: 182-183, 2005)。赤痢菌属はShigella dysenteriae S. flexneri S. boydii S. sonnei の4群に分類される。S. dysenteriae の血清亜型1(Sd1)は腸管出血性大腸菌と同様の神経毒性、細胞障害毒性の報告されている志賀毒素を有するので病原性が高い。赤痢菌は実験的には数十〜数百といった少ない菌量で感染することが報告されている(Morris, 1986)。

2006年12月の感染症法改正により、細菌性赤痢は2007年4月からコレラ、腸チフス、パラチフスとともに2類から3類感染症に変更された(IASR 28: 185-188, 2007)。これにより、疑似症患者の届出は対象外となり、勧告による入院は無くなった(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-03-02.html)。また、1999年に改正された食品衛生法施行規則では病因物質の種別に赤痢菌が追加された。その結果、食中毒として2000〜2005年に8件(患者182人)(IASR 27: 61-63, 2006)、2006年1件(患者10人)(IASR 27: 340-341, 2006)、2007年0件、2008年4件(患者 140人)(IASR 29: 342-343, 2008)の届出があり、すべて飲食店での集団発生事例である。さらに、2003年11月の感染症法改正により(IASR 24: 328-329, 2003)、2004年10月から赤痢菌に感染しているサルを診断した獣医師は、直ちに最寄りの保健所に届出が必要となった。2005〜2009年にかけて年間30〜50頭、計193頭が報告されている(本号7ページ)。

患者発生動向:感染症発生動向調査によると、細菌性赤痢患者および無症状病原体保有者の届出は2006年477例、2007年452例、2008年318例、2009年166例(2009年11月18日現在報告数)、計1,413例であった(2006年11例、2007年1〜3月2例の疑似症を除く)。推定感染地は、従来(IASR 27: 63, 2006)同様、国外が過半数を占めており、アジアが多く、国別ではインド、インドネシア(本号4ページ)、中国(IASR 28: 326-327, 200728: 327, 2007)、ベトナム、カンボジア、タイの順に多かった(表1)。

月別報告数を見ると、以前は国外例が8〜10月に多かったが、2008年以降年間を通してみられるものの、減少傾向にある(図1a)。国内例は集団発生のあった2006年9〜10月(石川県の飲食店IASR 27: 340-341, 2006、大阪府の保育所IASR 28: 45-46, 2007)、2007年6〜8月(埼玉県の福祉施設IASR 30: 99-100, 2009、東京都の大学、広島県の保育所、静岡県の保育所)、2008年7〜8月(福岡県の飲食店IASR 29: 342-343, 2008)に増加が見られたが、おおむね低いレベルで推移した(図1b)。2009年はこれまでのところ国内集団発生はみられていない。

2006〜2009年の患者の年齢分布をみると、国外例では若年成人にピークがみられ20〜29歳で特に多い(図2a)。一方、国内例では2006、2007年の保育所での集団発生を受けて、5〜9歳の年齢群に多い傾向があった(図2b)。性別では男性691例、女性722例で、国外例では20〜34歳で女性が男性より多い。

赤痢菌検出状況:地方衛生研究所(地研)からの報告では、2006〜2008年の3年間に検出された赤痢菌の血清群別割合は各年とも従来同様の傾向で(表2)、S. sonnei が68〜90%と高い傾向が続いている。S. flexneri は9〜26%程度であったが、その血清亜型では2aが比較的多かった(34/87)。S. dysenteriae の検出は5件で、Sd1はなかった。S. boydii は13件で、うち2008年の8件が血清亜型4であった。

検疫所から報告された赤痢菌検出数は2006年には地研と同様の傾向を示したが、コレラが検疫伝染病から除外され、2007年6月以降渡航者下痢症患者の検便を検疫所では行わなくなったため、2007年に大きく減少し、2008年以降はない(表2)。

薬剤耐性:多くの国でテトラサイクリン、アンピシリン、ST合剤、ナリジクス酸の耐性菌が出現している。現在までのところフルオロキノロン系抗菌薬のシプロフロキサシン(CPFX)、ノルフロキサシンは赤痢菌に有効であり、日本医師会の治療ガイドラインではこれらのフルオロキノロン系抗菌薬とホスホマイシンの5日間投与が推奨されている。最近、インド、バングラデシュ等の東アジアを中心にCPFXに耐性のS. dysenteriae S. flexneri が増加しており(Taneja, 2007)、Sd1の耐性菌の動向が注目される。また、2006年以降、基質拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)産生性のS. sonnei が輸入例(IASR 27 :264-265, 2006および本号6ページ)および渡航歴のない集団発生事例(IASR 28: 45-46, 2007)でも検出されている。

輸入食品対策:国(検疫所)が行う輸入食品の検査計画は、過去の食品衛生法違反事例、輸入時の検査結果を勘案し、毎年度策定されている。また、リスクの蓋然性に応じ、モニタリング検査の強化や検査命令(該当するすべての食品について、輸入のつど、輸入者に検査を命じる制度)が実施される。近年では、2007年10月に、海外情報に基づきタイ産ベビーコーンの赤痢菌モニタリング検査を強化した(2008年8月強化解除)。

また、2008年7月に、福岡市内において、ベトナム産冷凍イカを推定原因とする赤痢菌集団食中毒が発生したことを受け(IASR 29: 342-343, 2008)、2008年8月から、特定業者の輸出するベトナム産水産食品の検査命令およびベトナム産水産食品全般を対象とするモニタリング検査の強化を実施している。

輸入時の検査において、これまでに赤痢菌が検出された事例はないが(表3)、国内において輸入食品が原因と推定される食中毒が発生していることから、引き続き検疫所における検査体制の強化を図っていくことは重要である。

問題点と対策:近年日本で発生している細菌性赤痢の多くは国外感染およびそれらの感染者からの二次感染、あるいは輸入食品による国内感染が推定されている。海外で感染し帰国後、自覚症状があるにもかかわらず食品関係等のアルバイトに従事した例も報告されているため(IASR 28: 326-327, 2007)、輸入感染症についての知識の普及をはかるとともに、帰国時に感染の疑いがある場合には、検疫所、保健所等で健康相談を受ける重要性を認識してもらう必要がある。

医療機関からの患者届出数に対して、地研・保健所からの赤痢菌の分離報告数は年々少なくなっている(2008年では患者届出数318例に対し、菌分離報告数は150件)。改正された感染症法施行規則では、2004年9月から患者発生の届出があった場合、保健所は医療機関、民間検査施設等に積極的に菌株の提出を求めることができるようになっている。感染症および食中毒の調査において患者等から分離された病原体の遺伝情報および薬剤耐性を解析することは、患者への適切な医療提供、広域・散発的発生の探知、原因究明および今後の発生予防の観点から極めて重要であり(本号9ページ)、保健所が一般医療機関、民間検査施設等からの菌株を地研に収集し、さらに感染研に送付することが望まれる(IASR 29: 314-315, 2008)。

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