急速に呼吸障害が進行した小児のパンデミック(H1N1)2009による重症肺炎症例
(Vol. 30 p. 267-268: 2009年10月号)

はじめに:パンデミック(H1N1)2009の流行は世界規模で起こっており、諸外国からは小児の重症例が報告されている 1)。わが国でも流行が全国で急速に拡大しており、小児の重症例発生の報道も耳にする。今回、特記すべき既往歴のない4歳児のインフルエンザA(H1N1)pdmウイルス(以下AH1pdm)感染症に重症肺炎を合併した症例を経験したので報告する。

症例:4歳、男児。
出生歴:39週1日、2,450g、正常経膣分娩で出生。
成長発達歴:特に異常を指摘されていない。
既往歴:特記事項なし。
家族歴:母:全身性エリテマトーデス(SLE)・皮膚筋炎。

現病歴:2009年8月23日(入院2日前)より湿性咳嗽が出現、24日(入院前日)には活気不良、経口摂取不良となり、夜間38.5℃までの発熱がみられていた。8月25日に前医を受診、room airでSpO2 83%と低酸素血症を認め、胸部X線写真で右下肺野に浸潤影を認めたため、同日当院へ紹介受診した。当院受診時(発熱後18時間経過)、呼吸数60回/分、SpO2 92%(リザーバーマスク6L/分)と著明な多呼吸・酸素化障害を認め、急性細菌性肺炎の疑いで入院した。

入院時身体所見:意識清明、全身状態不良。体温:38.8℃、血圧 94/50 mmHg、心拍数 154/分、呼吸回数 60/分、SpO2 92% (O2マスク6L/分)。胸部:著明な陥没呼吸を認め、右肺底部の呼吸音減弱、右中肺野にrhonchiを聴取した。crackleは聴取しなかった。

入院時検査所見:インフルエンザ迅速検査はA、Bともに陰性。RSウイルス、アデノウイルス迅速検査陰性、抗マイコプラズマIgM迅速検査陰性。白血球数 14,100/μl、CRP 3.28 mg/dlと炎症所見は軽度上昇、LDH 270 IU/l、AST 21 IU/l、ALT 8 IU/lと肝逸脱酵素上昇はなかった。静脈血液ガスでは、pH 7.419、pCO2 32.4 mmHg、HCO3-  20.6 mmol/l。胸部単純写真・CTで右肺中葉と下葉にair bronchogramを伴う浸潤影が広がり、右胸水貯留もみられ、画像上は細菌性肺炎の像であった(図1)。

入院後経過:重症肺炎の診断で入院、画像所見からは細菌性肺炎が疑われたが、炎症所見は軽度上昇であった。マイコプラズマ性肺炎の可能性も考慮し、アンピシリンおよびミノサイクリン投与を開始したが、夕方にかけて急速に呼吸状態が悪化した。胸水排液目的に右胸腔ドレーンを留置するもさらに状態悪化し、入院当日18時(発熱から約24時間後)に挿管・人工呼吸管理を開始した。また、同時に再検したインフルエンザ迅速検査でインフルエンザA型陽性であり、翌日東京都健康安全研究センターで実施したPCR検査でAH1pdmウイルス陽性であると判明した。ICU入室後、人工呼吸器管理の上、オセルタミビル、パニペネム、γ-グロブリン投与を開始した。発熱は続いたが、呼吸状態は徐々に改善し、8月28日(発熱5日目、挿管4日目)に抜管した。8月29日から解熱し、以後再発熱・呼吸状態の悪化はなく、9月2日に退院した。結果として、入院時に採取した血液・胸水・喀痰培養はすべて陰性、咽頭粘液から黄色ぶどう球菌が少量検出されたのみであった。

考察:AH1pdmウイルス感染症は、呼吸器疾患などの基礎疾患がある場合や妊婦などで重症化しやすいこと、重症例は呼吸器障害によるものが多いと報告されている。

本症例の特徴として、以下の3点が挙げられる。

・特に基礎疾患のない生来健康な小児が発症後急速に重症肺炎を来たした。
・画像上は細菌性肺炎の像であったが、実際は炎症所見軽度上昇、培養陰性であり、最終的にインフルエンザウイルスによる一次性肺炎と診断した。
・呼吸器障害は発熱3日目より急速に改善し、入院期間も8日間と、重篤な呼吸障害があったとしては早期に退院できた。

動物の感染組織から、AH1pdmウイルスは肺組織に直接感染することが報告されており 2)、本症例のように、一見細菌性肺炎と思える画像所見を呈する肺炎を急速に合併し、血液検査ではウイルス感染が疑われるような場合、迅速検査が陰性であってもAH1pdmウイルス感染を念頭において対処するべきであると考えられる。

また、日本での重症例を集積し、諸外国との比較や重症化する症例の特徴を検討する必要があると思われる。

 参考文献
1)CDC, MMWR 58(34): 941-947, 2009
2)Enserink M, et al., Science 325(5936): 17, 2009

聖路加国際病院
小児科 神谷尚宏 森山貴也 中島健太郎 長谷川大輔 小川千登世 真部 淳 草川 功 細谷亮太
麻酔科 片山正夫

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