スッポンを感染源とする旋毛虫症例
(Vol. 30 p. 272- 273: 2009年10月号)

2008年7月、スッポンの生食が原因と推定された台湾での旋毛虫症アウトブレイクの邦人症例2例を経験した1) 。邦人3名を含む23人で養殖スッポンの生食が確認され、うち8人で旋毛虫症特有の自他覚症状を伴っており、この8例を血清学的に旋毛虫症と診断した。スッポンを感染源とする旋毛虫症の世界で初めての症例報告であり、台湾で最初の旋毛虫症の発生である。

患者:56歳男性、台湾在住日本人商社マン。
現病歴:2008年5月27日、台湾の日本料理屋でスッポンを生食(肉、肝、血、腸)。6月3日から38℃の発熱、同6日には軟便、そして同10日には上下肢に小丘疹を認めた。一方、発熱の出現とともに次第に筋肉痛を自覚。小丘疹は数日で消失した。7月24日発熱および筋肉痛を主訴に当院外来を受診した。

主要検査所見:WBC 11,070/μl(Band 0.5%、Seg 28.0%、Lymph 12.0%、Mono 4.5%、Eosin 55.5%、Baso 0.0%)、Hb 12.0 g/dl、Plat 29.5×104/μl、GOT 60 IU/l、GPT 81 IU/l、LDH 461 IU/l、γGTP 15 IU/l、T-Bil 0.5 mg/dl、CK 398 IU/l、CRP 0.18 mg/dl、IgE 89 U/ml、検便(MGL);異常なし。寄生虫dot-ELISAスクリーニングパネル(SRL)(表1)。

臨床経過から旋毛虫症を考慮し、microplate-ELISA法および免疫組織染色法による抗体検出を試みた。Microplate-ELISA法にはTrichinella spiralis およびTrichinella pseudospiralis 由来Excretory-Secretory (ES)抗原を用いて実施し、後に診療した別の邦人症例(Case-2)ともに高い抗体価を得た(表2)。一方、免疫組織染色ではT. spiralis 感染マウスの筋肉切片を用いて実施し、両患者血清で陽性に反応した。以上から本症を血清学的に旋毛虫症と診断した。

Yi-Chun Loらによるその後の台湾での疫学調査2) では、邦人3名(医科研病院での診療患者2名)を含む23人で養殖スッポンの生食が確認され、うち8人で特有の自他覚症状を伴い、ES抗原を用いたmicroplate-ELISA法による血清学的診断の結果で旋毛虫症が示唆された2)。新鮮スッポンの生食では20例中5例(20%)で発症(潜伏期間6〜15日、中央値8日)、4℃で6日間保存した後の生食でも3例中3例( 100%)で発症(潜伏期間7〜8日)した2) 。

感染が強く疑われた8例の血清(うち5例はペア血清)を用いた 53kDaの組換え蛋白に対するELISA法3) を行い、血清学的により詳細な感染旋毛虫種を解析した結果、8例の患者血清のすべてにおいてTrichinella 種に対して陽性反応を示した。とりわけT. papuae に強い反応を呈しており、一連の感染症がT. papuae を介した集団発生であることが推定された(data not shown)。

残念ながら、いずれの症例でも虫体を直接証明するに至らず、喫食したスッポンの残余検体も得られなかったことから、寄生虫学的および遺伝子学的確定診断はできなかった。また、台湾CDCを中心にしたその後の調査では、病死豚肉を養殖スッポンの餌として用いていたことが判明しており、スッポンへの旋毛虫の感染ルートの一つの可能性として示唆された。

まとめ:スッポンを介したヒトへの感染事例は世界で初めての報告である。臨床的には従来の旋毛虫症の症例とほぼ同様の臨床像を呈しており、詳細な病歴の聴取が本症の診断に重要であることは言うまでもない。今後は本疾患の宿主域について哺乳動物のほか、爬虫類や両生類まで考慮して診療にあたることが重要となる。

 参考文献
1)前田卓哉ほか, Clinical Parasitology, in press
2) Yi-Chun Lo, et al ., Emerging Infectious Diseaes, in press
3) Nagano I, et al ., Clin Vaccine Immunol 15: 468-473, 2008

東京大学医科学研究所感染症国際研究センター
(現所属;慶應義塾大学医学部熱帯医学・寄生虫学教室) 前田卓哉
東京大学医科学研究所感染免疫内科 藤井 毅 岩本愛吉
岐阜大学医学部寄生虫学教室 長野 功 呉 志良 高橋優三

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