船橋市で発生した中学3年生を中心とする新型インフルエンザの集団感染とその対応を振り返って
(Vol. 30 p. 262-263: 2009年10月号)

本(2009)年6月に船橋市内のある中学校の3年生を中心に新型インフルエンザA(H1N1)の集団感染が確認されたのでこの概要と本市の取り組み等について報告する。

1.感染状況の概要
船橋市内のある中学校では、3年生が6月3日(水)〜5日(金)まで東北地方に修学旅行に行っていたが、修学旅行から戻った生徒の1人が6日(土)に医療機関を受診し、8日(月)夕方に新型インフルエンザ感染が判明した。

このため、9日(火)から当該中学校の学区内の小学校を含め、区域内で学校閉鎖を行ったものの、それまでの間に症状を有し医療機関を受診していた複数の同級生からも次々に感染が判明するとともに、4つの世帯では家族内感染が発生し、親類への感染も認められた。

さらに、修学旅行先の東北地方で生徒らと接触した者から感染が確認されるとともに、生徒らが週末に参加していた千葉県内各地で開催されたスポーツ大会に参加していた他の中学校の生徒からも新たに感染が確認された。

市内の別の中学校区での学校閉鎖の措置もあって、6月15日に感染が確認された者をもって一連の集団感染はひとまず終息したが、一連の感染者は市内だけで最終的に40人に達した。

2.船橋市における取り組み
本市でも全国の各自治体と同様の新型インフルエンザ対策を進めていたが、取り組みの一部を紹介する。

船橋市発熱相談センターでは、休日等は保健所医師や管理職もそれぞれ登庁し、相談業務をバックアップしていたが、神戸市内での集団感染事例を受け、5月下旬からは完全24時間体制の運営とし、相談業務担当者を4チーム(1チーム3人体制)編成し、1クール4日間を「平常勤務〜夕方夜間朝方勤務〜休日」とする就業スタイルで各チームが交代する相談体制を1カ月余りの間、維持した。ちなみに6月の1カ月間の相談件数は約5,900件であったが、相談が多い時期には1日350件を超えていた日もあった。

また、診断の正確性を期すため、臨床医の判断を踏まえ、4月下旬以降、受診時の迅速診断キットにてインフルエンザA、Bともに陰性であった場合には、翌日も有症状者に再受診してもらい同キットによる検査を実施することが多かった。ただ、有症状者数が増加してからは、有症状者もしくはその家族等に対し、同キットでの偽陰性の発生等について理解を促し、有症状者の体調の具合などを考慮しながら受診時期のタイミング等の調整を行うこともあった。これらの場合、有症状者もしくはその家族はもちろんのこと、医療機関、発熱相談センターおよび搬送担当の者における相互理解および協力が必要であり、これらすべての者にとって肉体的にも精神的にも厳しい状況であったと考える。

一方、発生状況等に関する情報を共有するため、本市の新型インフルエンザ市本部会議関係者、当保健所職員、市内医療従事者等の関係者に対し、携帯のメール機能を活用してPCR検査実施状況等の情報を速やかに一斉メール送信する仕組みを設けた。この仕組みは関係者における必要最小限の情報共有に有効であったと考える。

3.集団感染事例の経験を踏まえて
1)新たな発症者数の急激な変動
本市における集団感染事例を分析すると、その潜伏期は5日以内であり、その多くは2〜3日であった。この数字は感染者および接触感染者等に対する対応や、医療体制の確保のための関係者の調整など、数々の対策に大きな影響を及ぼした。

すなわち、本市においては、保健所と教育委員会等との情報の共有化、あるいは本市が開設している夜間休日等の急病診療所を発熱外来に特化するまでの関係者との調整および設置準備作業など、様々な場面で事務的に一定の時間を要したため、体制が整った頃には集団感染は概ね鎮静化しており、これらの対策を十分に活かせなかったが、それほど瞬く間に感染拡大する一方で、学校閉鎖等により新たな感染の発生が急減する事実を目の当たりにし、その急激な変化はあらためて衝撃的であった。

また、PCR検査についてもこの検査結果が確定してから感染者および接触感染者等に対応するという仕組みでは現場において遅れがちの対応になってしまうことから、本市の中学3年生における集団感染など、新型インフルエンザによる感染が明らかであると推定できる特殊な環境下にあっては、地方自治体等の現場に一定の裁量を与えるなど、今後の政策を行う上で厚生労働省の柔軟かつ素早い反応を望みたい。

2)特定医療機関への患者誘導の実現性
発熱相談センターの主たる設置目的が新型インフルエンザの疑われる者が一般医療機関を受診し二次感染が発生しないようにすることであったと考え、あらためて本市における集団感染事例を検証する。

これまでの疫学調査で判明している範囲では、感染者が初めて受診した6月6日以後、初めて感染が確認された6月8日までの間に受診していた感染者は計10人いたが、そのうち一般開業医を受診した者は7人であった。なお、翌日の9日には別の感染者6人のうち、2人が一般開業医を受診している。10日以降は感染者24人のうち、一般開業医への受診は1人だけである。このことから、インフルエンザ様症状を呈する患者の場合、地域の一般開業医を受診する可能性が高く、船橋市内での感染確認がマスコミ報道された日の翌日から、ようやく特定医療機関への患者誘導が機能し始めたようにうかがえる。実際、この事実を裏付けるように、集団感染が確認される前までしばらくの間、1日100件弱であった発熱相談センターへの相談件数は急激に増加し、1日 300件以上の相談が1週間以上続いたが、特定医療機関への患者誘導は思ったほど容易ではなく、特に感染初期においてはほとんどコントロールされていないことが明らかになった。

4.国立感染症研究所による支援活動
新型インフルエンザ感染者の急増に伴い、感染状況や接触者等に関する疫学情報の収集や整理が全く手付かずの状態であったため、早急に厚生労働省と調整を始め、国立感染症研究所(感染研)感染症情報センター職員4名による支援を得た。6月11日から1週間余りにわたる支援活動であったが、散在していた当該集団感染に係る疫学情報の整理や分析に留まらず、船橋市内外から収集した重要な情報の提供も受けた。さらに、感染拡大中に頻繁に開催された本市の対策本部会議では専門家の立場として参画し、当該集団感染の支援活動に係る報告会では本市職員や市内医療従事者等へ丁寧に解説、助言いただいた。なお、感染研による支援活動は本市の考えを尊重しながら行われたため、本市としても適切な助言を受けながら主体的にそれぞれの対策に取り組めたと考える。

最後に、この場を借りて、感染研の船橋支援チームの先生方から、本市で集団感染が発生した際にご支援ご指導いただいたことに、あらためて感謝申し上げることとしたい。

船橋市保健所次長 筒井 勝

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る