Corynebacterium ulcerans 感染による急性鼻咽頭炎を呈した1例
(Vol. 30 p. 188-189: 2009年7月号)

Corynebacterium ulcerans C. ulcerans )は人畜共通感染症の原因菌であり、英国をはじめとした欧米諸国ではジフテリア類似の臨床所見を呈しうることで問題になっている。国内でも、2001〜2002年にかけて千葉県から最初の2症例の報告があり、その後岡山県、大分県、神奈川県からも報告されている。今回我々は、急性鼻咽頭炎と頸部リンパ節腫脹をきたした国内6例目となるC. ulcerans 感染症を経験したので報告する。

症例:57歳、女性。
主訴:咽頭痛、左鼻汁への血液混入。
既往歴:関節リウマチ(メトトレキサート、エタネルセプトにて寛解中)、アレルギー性鼻炎。
家族歴:特記すべきことなし。
生活歴:犬、猫飼育中。4カ月間野良猫が自宅にきて、餌などをやり飼育していた。この猫に、くしゃみと鼻汁などの風邪様症状を認めていた。

現病歴:2009年1月31日よりくしゃみと水様性鼻漏を認め、鼻かみにて左鼻汁に血液が混入するようになった。その後、咽頭痛と嗄声が出現したため、近医耳鼻咽喉科を受診し、セフジトレンピボシキル、ロキソプロフェンナトリウムを処方された。この際に、鼻・副鼻腔単純X線を施行されたが副鼻腔炎は否定された。症状は増悪傾向を認めたため、2月4日に近医内科を受診し、クラリスロマイシン、ロキソプロフェンナトリウムを処方された。しかし、症状が軽快しないため、通院中の当院膠原病リウマチ内科からの紹介にて2月6日に当科を受診となった。全経過を通して、発熱を認めない。

初診時所見:両耳鏡所見は、正常であった。左鼻腔粘膜、上咽頭、中咽頭後壁に偽膜を伴う炎症性病変を認め、吸引による偽膜の除去は困難であった()。また、両鼻腔後方には粘性分泌物が貯留していた。下咽頭、喉頭には軽度の発赤を認めたが、偽膜は認められなかった。触診上、左上内深頸リンパ節の腫脹と圧痛を認めた。血液検査所見としては、白血球数6,700、CRP 4.63であり、軽度の炎症所見を示した。

経過:当科初診時以降もクラリスロマイシン、ロキソプロフェンナトリウムの内服を継続したが、2月9日に皮疹が出現し薬疹が疑われたため、2月10日以降はクラリスロマイシンの服用を中止した。2月10日には咽頭痛は改善傾向を認め、中咽頭の偽膜と頸部リンパ節腫脹は消失したが、左鼻腔から上咽頭にかけての偽膜は残存していた。このため、ジフテリアもしくはC. ulcerans 感染症を疑い、国立感染症研究所細菌第二部に細菌検査を依頼した。2月13日には咽頭痛はほぼ消失し、偽膜も上咽頭に軽度認められるのみとなった。また、血液検査上もCRPは0.49と改善傾向を示した。2月18日には咽頭痛は完全に消失したが、鼻かみ時の左鼻汁への血液の混入が残存していた。この時点での身体所見としては、上咽頭の軽度の発赤と左鼻腔前方のびらんを認めた。3月13日には左鼻汁への血液の混入が軽度認められたが、上咽頭は正常化し、左鼻腔前方に痂皮の付着を認めた。また、血液検査ではCRPは0.03以下と正常化した。4月10日には症状も消失し、左鼻腔前方にごく少量の痂皮の付着を認めるのみとなった。

検査の経緯:2月12日に、患者咽頭の偽膜と血清を受領した。検査の結果、偽膜からジフテリア毒素産生性C. ulcerans が分離され、血中ジフテリア抗毒素価は、培養細胞法で検出レベル(0.0037IU/ml)以下であった。また、患者の環境調査の結果、自宅で餌を与えていた野良猫および子猫(いずれも風邪様症状を観察)からも同菌を分離した。パルスフィールド・ゲル電気泳動解析の結果では、患者由来株は野良猫由来株および子猫由来株と同じ遺伝子タイプであった。患者が発症する以前より野良猫がくしゃみ等の風邪様症状を呈し、その数日後に患者が咽頭炎等を発症した経緯であり、猫からの感染の可能性が高いとみられた。

考察:通常、C. ulcerans は正常細菌叢の一部として存在するが、ジフテリア毒素遺伝子を保有するバクテリオファージが菌に溶原化することでジフテリア毒素を産生し、ジフテリア類似の臨床像を呈する可能性があると考えられている。感染経路としては、ウシ、ヒツジ等の畜産動物との接触や生の乳製品の摂取などの報告もあるが、国内では本症例と同様に犬や猫が感染源と考えられる症例が多い。一方、本症例や過去の国内例でも認められたように、鼻腔、上咽頭から咽頭にかけての偽膜形成は本感染症に特徴的な所見である。現在ではワクチン接種等によりジフテリア感染症は稀と考えられるが、C. ulcerans 感染症による声門下狭窄により急激な気道狭窄を示す症例も報告されている。従って、医療従事者は本感染症の存在と臨床的特徴を十分に熟知し、早期診断と症例の集積に努める必要がある。

東京医科歯科大学耳鼻咽喉科 野口佳裕 角田篤信 喜多村 健
国立感染症研究所細菌第二部 小宮貴子 山本明彦 高橋元秀

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