熊本県における日本脳炎ウイルスの活動状況調査
(Vol. 30 p. 153-154: 2009年6月号)

日本脳炎患者発生調査
過去、熊本県は日本脳炎患者の多発県であったが、患者数は1991年以降1名以下に激減し、2000〜2003年の4年間は患者発生報告もなく推移した。しかし、2004年と2005年に各1名、2006年に3名、2007年に1名と、ここ数年患者発生が続いている(ただし、2008年は未発生)。患者はほとんど高齢者であるが、2006年の3名のうち1名は3歳児で、2005年5月の日本脳炎ワクチン接種の積極的勧奨差し控えにより予防接種を受けていなかった。また、患者は9月以降に発生するケースが多く、以前より発生時期が遅い傾向がある。

ブタのHI抗体調査の検討とブタ血清からの日本脳炎ウイルス(JEV)分離
感染症流行予測調査事業の日本脳炎感染源調査では、ブタの赤血球凝集抑制(HI)抗体保有率が50%以上となり、かつ2-メルカプトエタノール(2-ME)感受性抗体が1頭でも確認された場合に、日本脳炎注意報が発令される。ところが、近年、熊本県ではブタのHI抗体保有時期が以前より遅く、かつ測定した週によって保有率がバラつく傾向にあることから、時宜を得た日本脳炎注意報が発令できていない可能性があった。そこで、JEVの活動状況を反映した注意報が発令できるよう、2005年からブタの飼育地域による差を検討するとともに、検査に用いた血清からウイルス分離を行った。その結果、HI抗体保有時期と保有率は、気候や豚舎の構造以外に、飼育地域によっても大きく異なり、県下有数の畜産地帯でブタの出荷頭数が多く、検査の対象となる機会の多かったK村は、HI抗体保有時期が遅く、保有率も低いことが判明した(表1)。したがって、的確な日本脳炎注意報を発令するためには、飼育地域を考慮した検体の採取が重要であろうと思われた。また、ウイルス分離では、2005年3株、2006年9株、2007年2株、および2008年1株のJEVが分離された(表1)。特に2006年は9株も分離され、患者も3名発生したことから、JEVの活動が活発であったと推定された。

熊本県におけるJEVの遺伝子型調査
JEVには5つの遺伝子型(I〜V型)が知られており、従来、日本のJEVはIII型であったが、1990年前後にI型が侵入したとされている。そこで、熊本県におけるI型の侵入時期と最近の流行型を調査するため、過去にコガタアカイエカから分離された株の中から1990年と1991年の各6株ずつ、および最近のブタ血清分離15株について、ウイルスRNA のエンベロープ(E)領域1,500塩基と3´非コード領域(3´NCR)約500塩基のシークエンス解析を行い、遺伝子型を決定した。また、患者検体からPCR法で検出されたJEV遺伝子増幅断片についても遺伝子型別を試みた。その結果、コガタアカイエカ由来株の遺伝子型は、1990年の6株はすべてIII型であったが、1991年の6株はIII型が1株とI型が5株であり、ブタ血清と患者由来のJEVはすべてI型であった。すなわち、熊本県では1991年には既にI型が侵入し、最近はI型が主流であることが示された。

また、コガタアカイエカ由来のIII型には、3´NCRのストップコドンより少し下流に、従来のIII型にはない9塩基の欠失があり、I型にも同様の位置に13塩基の欠失が認められた。13塩基欠失はブタ由来I型でも確認され、さらにストップコドン直後に5塩基欠失のある株や、13塩基欠失部の少し下流に9塩基欠失のある株も検出された。ブタ由来I型JEVの3´NCRの欠失を検討した石川ら1) は、欠失が培養細胞でウイルス増殖を抑制すると述べたが、田島ら2) は、培養細胞での増殖性に大きく影響しないと報告した。今後、in vivo における病原性の変化を含めた検討が必要と思われる。

ヒトの中和抗体およびNS1抗体検査と自然感染率の検討
2005年5月から日本脳炎の予防接種が事実上中止されていることから、JEVの自然感染率を求めるよい機会であり、2008年は感染症流行予測調査事業の日本脳炎感受性調査を強化した。ヒト血清326名分の中和抗体を50%プラーク減少法で測定したところ、6歳以下の中和抗体保有率低下が明白であった。母親からの移行抗体の影響がなく、予防接種歴の信憑性が高いと思われる1歳〜10歳児のワクチン未接種者は67名で、このうち4名が中和抗体陽性であった。これらは自然感染によって抗体を獲得したと考えられることから、自然感染率は6.0%、平均生存年数で割ると、年間自然感染率は1.0%と計算された。検体数が少ないため信頼性は低いものの、同様の方法で過去の調査結果を解析すると、2003年4.5%、2004年0%、2006年8.3%、2007年0%となり、年によって差があった。特に、JEVの活動が活発であったと思われる2006年は、予防接種の中止にもかかわらず、4歳以下の中和抗体保有率が60%を超え、例年になく異常に高かったことから、自然感染率も高い結果となった。

一方、2004〜2008年に採取した20歳以上のヒト血清650名分について、小西らの方法3) によりNS1抗体を測定した。各年の保有率は、2004年9.6%、2005年16.8%、2006年12.1%、2007年16.0%および2008年5.3%であった。通年では11.7%で、NS1抗体の持続期間を4.2年とした場合、計算上の年間自然感染率は2.8%であった。

 参考文献
1)石川ら, 第40回日本脳炎ウイルス生態学研究会抄録集, p12, 2005
2)田島ら, 第56回日本ウイルス学会学術集会抄録集, p291, 2008
3)小西ら, 厚生労働科学研究費補助金:新興・再興感染症研究事業「我が国における日本脳炎の現状と今後の予防戦略に関する研究」平成20年度総括・分担研究報告書,p17-24, 2009

熊本県保健環境科学研究所微生物科学部 原田誠也 西村浩一

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