日本脳炎ウイルスNS1抗体のELISAによる測定:ヒト血清を対象とした基礎的条件の確立
(Vol. 30 p. 152-153: 2009年6月号)

ヒトにおける日本脳炎ウイルス(JEV)自然感染率の調査は、JEVの自然界における活動状況の把握および今後の予防戦略に重要である。しかし、従来の中和試験や赤血球凝集抑制試験では、ワクチンにより誘導された抗体と感染により誘導された抗体を区別できないため、ワクチン接種集団中の自然感染個体を識別することは困難であった。これを解消するために、非構造蛋白に対する抗体を測定する方法がある。不活化ワクチンは、構造蛋白に対する抗体のみを誘導するが、一方、感染を受けると構造蛋白に加え、非構造蛋白に対する抗体も誘導されるため、非構造蛋白に対する抗体は感染のマーカーとなる。我々は非構造蛋白の一つであるNS1を対象とし、ヒトおよびウマにおけるNS1抗体を測定する免疫染色法をこれまでに確立した。しかし、免疫染色法は手技がやや煩雑で結果を肉眼で判定するなどの問題点があった。ウマにおいては、より客観的かつ多数検体処理可能なELISA法を確立できたが、ヒト血清では非特異反応が高く、不顕性感染により誘導された低レベルのNS1抗体を検出することが困難であった。そこで、疫学調査に有用であるヒト血清中NS1抗体を測定するELISA法の基礎的条件を検討した。

JEV中山株のNS1/NS2A遺伝子をCHO 細胞に導入して得られたNS1連続発現細胞の培養上清よりアフィニティ精製したNS1をELISAの抗原に使用した。ウエルあたり10ngをマイクロプレートに感作し、希釈液(0.05M Tris、1mM EDTA、0.15M NaCl、0.05% Tween20、0.2%カゼイン、pH 8.0)を用いて37℃で30分間ブロッキング後、1:100希釈のヒト血清を37℃で1時間反応させた。その後、アルカリホスファターゼ標識抗ヒトIgG抗体、パラニトロフェニールリン酸を順次反応させ、吸光度を測定した(図1)。非特異反応を除くために、各検体について抗原を感作しないウエルを設け、抗原感作したウエルの吸光度と非感作ウエルの吸光度の差を求めた。プレート間誤差を補正するために、陽性コントロールを同時に測定し、吸光度が1.0となるように各検体の吸光度を補正した値をELISA値として表した。これは一般的に行われている標準的な術式であるが、希釈液に工夫がなされていることに注意されたい。これにより、通常のELISAにおけるヒト血清による非特異反応を低減できた。

ELISA値は、血清希釈度依存性の反応曲線を示し、日本脳炎患者において高く、陰性対照である米国人健常者血清では低かった。また、不顕性感染を受けたと考えられるヒトは、日本脳炎患者より低く米国人健常者より高い反応を示した。ELISA法におけるカットオフ値を決定するため、米国人健常者血清40検体を測定した。これらの米国人は、日本脳炎不活化ワクチンの米国導入に際して行われた安全性・効力評価試験の被験者で、フラビウイルスに対する抗体を保有していないことが証明されている(米国にはJEVが存在しない)。その結果、ELISA値の平均は0.0167、標準偏差は0.0473であり、確率水準0.1%の信頼限界である0.185をカットオフ値として設定した。この時対照として使用した10検体の患者血清のELISA値は、0.567〜1.45であり、米国人健常者血清と明確に区別できた。従来法である免疫染色法との間に認められた相関係数は0.764(P <0.001)、一致率は82.5%であった。相関係数が期待されるほど高くなかったのは、染色法では肉眼による抗体価の判定にある程度の主観が入り、測定結果においてより大きな変動を生じるためと考えられた。NS1抗体陽性の血清はウエスタンブロット解析において、NS1の分子量の位置にバンドを検出した。一方、陰性と判定された検体では、NS1のバンドは検出できなかった。以上より、不顕性感染によりヒトに誘導されたNS1抗体が、ELISA法により測定可能であることが示された。最後に、連続血清におけるELISA値の経時的変化から、NS1抗体保持期間(ELISA値が陽転してから陰転するまでの期間)は4.2年と推定された。

NS1抗体を測定するELISA法をさらに評価するために、JEVを実験感染させたマウス、ブタ、サルより経時的に採取した血清を測定した。マウスおよびブタでは感染後6日目、サルでは感染後4〜5週目からNS1抗体の上昇が認められた。従来のNS1抗体測定法である免疫染色と比較すると、マウスにおいては検出可能となる時期がやや遅かったが、サルにおいては同時期に検出可能であった。ELISA法によるNS1抗体は、サルの1頭において中和抗体と同時期に検出され、別のサル1頭、マウスおよびブタにおいては、中和抗体に遅れて検出された。

患者血清中のNS1抗体を測定するELISA法は報告されていたが、不顕性感染を捉えるELISA法の報告はこれまでなかった。本研究では、ヒト血清中のNS1抗体を測定するELISA法の基礎的条件を確立し、患者や一部の住民血清において測定可能であることを示した。免疫染色法では、結果を肉眼で判定するのに対し、ELISA法では吸光度で客観的な結果を得る。また、免疫染色法と比較して操作が簡便であることから、ELISA法が疫学調査により適していると考えられる。JEVの自然感染率の調査に寄与することが期待できる。

国立大学法人神戸大学大学院保健学研究科 小西英二 北井陽子

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