The Topic of This Month Vol.30 No.4(No.350)

腸チフス・パラチフス 2005〜2008年
(Vol. 30 p. 91-92: 2009年4月号)

腸チフス、パラチフスはそれぞれチフス菌(Salmonella enterica subsp. enterica serovar Typhi)、パラチフスA菌(Salmonella enterica subsp. enterica serovar Paratyphi A)によって起こる局所の腸管病変と細網内皮系での菌の増殖による菌血症を特徴とする感染症であり、一般のサルモネラ感染症とは区別される。チフス菌、パラチフスA菌以外にもヒトにチフス様症状を起こすサルモネラ属菌(S. Sendai、S. Paratyphi B、S. Paratyphi C)もあるが、わが国ではこれらの感染症は一般のサルモネラ症として扱われている。

1999年4月に施行された感染症法において、腸チフス、パラチフスは2類感染症に分類されていたが(IASR 22: 55-56, 2001および26: 87-88, 2005)、2007年4月施行の法改正により類型の見直しがなされ、腸チフス、パラチフスは3類感染症に移行した。患者、無症状病原体保有者(保菌者)、および死亡者(死亡疑い者を含む)を診断した医師は、直ちに最寄りの保健所を通じて都道府県知事への届出が義務付けられている(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01.html)。また、都道府県等衛生部は腸チフス、パラチフスの患者・保菌者から分離された菌株を、国立感染症研究所(感染研)に送付することが義務づけられている(昭和41年衛発第788号、衛防第60号、平成11年健医感発第44号)。感染研細菌第一部ではファージ型別試験、薬剤感受性試験を行い、その結果を送付元自治体に還元するとともに、病原微生物検出情報にて公表している(http://idsc.nih.go.jp/iasr/virus/bacteria-j.html)。

感染症発生動向調査:2005〜2008年の患者(保菌者を含む、以下同様)報告数は(表1)、腸チフスでは、50例、72例、47例、58例と推移し、パラチフスでは、20〜27例であり、大きな増減は見られなかった。腸チフス、パラチフスともにその多くが輸入例であり、2005〜2008年では腸チフスの81%、パラチフスでは93%が輸入例であった。診断月別にみると(図1)、4〜5月と9〜10月に発生が多い。また、腸チフス、パラチフス患者の性別では、女性に比べて男性の方が多い。患者の年齢は(図2)、男女とも20〜39歳が多く、全体の約67%を占めた。この年代の学生・会社員等が春休み(2〜3月)や夏休み(7〜8月)などの長期休暇を利用して東南アジア、インド亜大陸などの流行地へ出かけて感染し、その後発症するまでの潜伏期間と発症後診断に至るまでの日数が診断月別の発生状況(図1)に反映されていると考えられる。

2005〜2008年に報告された患者の推定感染地は(図3)、腸チフスではアジアが78%を占め、その内訳はインド79例、インドネシア30例、ネパール14例、フィリピン8例、バングラデシュ6例、パキスタン5例、タイ3例、ミャンマー2例、スリランカ、ベトナム、マレーシア、ラオス各1例の順であったが、この他にインド亜大陸を中心に2カ国以上の複数国に渡航した例も27例報告された。またアジア地域以外では中南米2例、アフリカ、オセアニア各1例の報告があった。パラチフスではアジアは86%であり、国別ではインド35例、バングラデシュ8例、ネパール、インドネシア各7例、中国6例、ミャンマー5例、カンボジア2例、タイ、シンガポール、フィリピン、モルディブ各1例であった。また8例がアジアの複数国への渡航者であった。他地域ではアフリカへの渡航者が2例報告された。

ファージ型:チフス菌のファージ型(表2)は2005〜2008年を通してE1型が最も多かった。インドから輸入例として国内に入ってくる株はほとんどがE1型であったが、2004年に急増したE9型株が2006〜2008年にも見られた。またM1型は毎年2〜5例分離された。パラチフスA菌のファージ型(表3)では、2005年は2、4、6型が多かった。2006年以降では2、4、6型も見られるものの、1型が増加し最多となった。

薬剤耐性と治療:腸チフス・パラチフスの治療にはニューキノロン系抗菌薬の経口投与が行われる。しかしながら、近年、ニューキノロン低感受性菌がチフス菌・パラチフスA菌ともに高い頻度で分離されている(図4)。また、インドへ渡航した患者3例(2006年2例、2007年1例)からは、ニューキノロン系抗菌薬に耐性を示すチフス菌も分離されている(本号3ページ)。それらのチフス菌・パラチフスA菌に感染した患者では、ニューキノロン系抗菌薬が効きにくいため、有熱期間が長くなるなど、治療期間の延長を招いている。このような治療に手間取る腸チフス・パラチフスの症例に対しては、第3世代セフェム系抗菌薬やマクロライド系抗菌薬が併用されている(本号3ページ)。

まとめ:流行地での感染の多くはチフス菌・パラチフスA菌に汚染された水、食品等を介した感染である。それ故、生水、果物等、非加熱の食材の喫食は避けるべきである。また、ニューキノロン低感受性菌、耐性菌の報告があるインド亜大陸へ渡航する際には、それらの菌株による感染後の治療を鑑みると、予防法としてワクチンの接種も考慮に入れる必要があると思われる(本号5ページ6ページ)。

最後に、治療に影響を及ぼす耐性菌の動向を監視する必要性が増しているので、腸チフス、パラチフス患者から菌の分離を行い、分離された菌株を感染研へ送付していただくことを改めてお願いする(平成20年健感発第1009001号、食安監発第1009002号「赤痢菌株等の菌株の送付について」、IASR 29: 314-315, 2008)。

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