成人への破傷風トキソイド接種
(Vol. 30 p. 71-72: 2009年3月号)

現行の予防接種法に基づく破傷風の定期予防接種は、沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン(DPT)を生後3カ月〜7歳半(標準は生後3〜12カ月)までの間に3回、3回目の翌年に1回の計4回接種する基礎免疫と、11〜12歳に沈降ジフテリア破傷風混合トキソイド(DT)を1回接種する追加免疫がおこなわれている。年齢別の破傷風抗体保有状況で明らかなように(本号特集p.2図4参照)、40代を境に陽性率は大きく低下している。また、感染症発生動向調査における報告患者の年齢は45歳以上が90%以上であり(本号特集p.1図2参照)、破傷風への予防対策としては、40歳以上に免疫をつけることが必要である。破傷風に対する免疫はワクチンによってのみ得られるので、DPT、DTおよび破傷風トキソイドワクチン歴のない40代以上の者には、基礎免疫として沈降破傷風トキソイドを初年度2回、翌年1回の追加接種を推奨する。さらに、乳幼児と学童期のDPT 接種が完了していた者には、少なくとも例えば40歳と60歳前後で2回の追加接種を行うことにより、日本の破傷風患者数は「ゼロ」に向かうと考えられる。

破傷風はワクチンによる制御可能疾患としてWHOでは乳幼児への接種ばかりでなく、新生児破傷風の予防対策として妊婦への接種も推奨している。DPTワクチン等は安全性と有効性に対する信頼性が極めて高いことが確認されており、海外では成人の百日せきとジフテリアの予防を目的としてDPT中の精製百日せきワクチン成分とジフテリアトキソイドを減量したTdapが開発市販されている。本製剤が普及している国では、今後、成人が破傷風の免疫を獲得する手段が普及することにより、破傷風患者数の減少が期待される。日本ではTdapは市販されていないため、学会や研究班を中心として学童期の追加免疫に用いるDTをDPTに変更するための検討が始まっている。一方、日本国内では2008年12月よりHibワクチンの市販が開始され、臨床現場ではDPTを接種した側と反対の腕にHibワクチンを同時接種する計画が示されている。今回、日本に導入された種類のHibワクチンには破傷風トキソイドがキャリアー蛋白として用いられ、このHibワクチン中の破傷風トキソイド成分はマウスの力価試験で極めて高い破傷風抗体を誘導することが確認されている。乳幼児期の基礎免疫にHibワクチンの接種が実施された場合、DPT単独免疫の場合より、長期に破傷風抗体が保持され、発症を予防できるか興味深い。また、海外でHibワクチンを先行使用している国の血清疫学調査は興味のあるところであるが、まだきちんとした長期調査の報告はない。もし、破傷風抗体保持期間が延長されるのであれば、成人への追加接種やDT等の破傷風トキソイド(T)を含むワクチンの接種時期の妥当性・変更も検討する必要がある。徴兵制を実施している国では新兵入隊時のT接種が導入されているために、成人の破傷風、特に男性の破傷風患者は少ないという報告もある(J Korean Med Sci 18: 11-16, 2003)。

現在、海外渡航前や外傷後の発症予防などに行われている成人へのT接種は任意接種であり、接種費用は自己負担で、接種機関により異なり1回1,000〜10,000円である。1968年以前に生まれた世代はDPTの定期接種を受けていないため、基礎と追加接種の計3回のT接種が必要で接種費用も3倍となるが、破傷風患者1人の治療費は数百万〜1千万円を要するので、破傷風を予防する接種費用は10〜20年ごとに追加免疫を行った場合の費用を合わせても治療費よりはるかに安い。さらに、患者の苦痛の軽減、患者家族の経済的、精神的負担を考えると、40歳以上の成人へのT接種が強く勧められる。破傷風は治療よりも予防により制御可能な疾患である。抗破傷風人免疫グロブリンの開発と現代医学の発展により治療法が確立して致死率は低下したが、予防は治療に勝るために、安全性と有効性の確認されたすぐれたT接種を推奨する。水痘、ムンプス、肺炎球菌、Hibに対するワクチンと同様に「成人への破傷風トキソイド」は、予防接種法を改正する政策的な後押しにより定期接種に組み込む方向を望む。

国立感染症研究所細菌第二部 高橋元秀

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