2008/09インフルエンザシーズンにおけるインフルエンザ(A/H1N1)オセルタミビル耐性株(H275Y*)の国内発生状況 [第1報]
(Vol. 30 p. 49-53:2009年2月号)

要約:昨シーズン初め以来、オセルタミビル(商品名タミフル)に対して耐性を示すA/H1N1亜型(ソ連型)インフルエンザウイルスが世界各国で高頻度に分離されている。わが国でも2008/09シーズンに入ってから、A/H1N1分離株の98%がオセルタミビル耐性となっている。これらの耐性株は別の抗インフルエンザ薬であるザナミビル(商品名リレンザ)には感受性である。病原性も通常のA/H1N1流行株とほとんど変わらず、特に重症例との関連は報告されていない。タミフル耐性ウイルスの抗原性は、今シーズンのA/H1N1ワクチン株A/ブリスベン/59/2007に類似しているので、ワクチンが有効であると予想される。昨シーズンに引き続き、今シーズンも抗インフルエンザ薬耐性株の流行動向調査が全国規模で実施中であるが、本稿は2009年1月現在のまとめである。

はじめに:昨シーズン初旬(2007年11月頃)から、ノイラミニダーゼ(NA)蛋白質の275番目のアミノ酸がヒスチジンからチロシン(H275Y*)に置換して、抗インフルエンザ薬オセルタミビルに対して耐性となったA/H1N1亜型インフルエンザウイルスが、北欧諸国を中心に高頻度に報告された。その後、この耐性ウイルスは北半球諸国へと拡大し、昨年の南半球の流行シーズンでは、この耐性ウイルスがA/H1N1ウイルスのほとんどを占めていた。現時点では、北半球の2008/09流行シーズンは始まったばかりなので分離株数はまだ少ないが、米国ではA/H1N1分離株の97%、EU諸国では95%、また豪州、中米、アフリカ諸国では80〜100%がオセルタミビル耐性となっている。日本周辺では、韓国でのA/H1N1分離株の94%が、台湾での100%が耐性である。これらの耐性ウイルスは、ザナミビルとアマンタジンには感受性を示し、抗原性は現在のワクチン株A/ブリスベン/59/2007と近縁である。一方、中国では欧米諸国の流行株とは遺伝的に異なる系統のA/H1N1株が流行しており、これらの大半は、オセルタミビル感受性だがアマンタジン耐性である。

耐性株の大半はオセルタミビルが使用されていない地域で発生しており、またオセルタミビルを服用していない患者から分離されているので、タミフルの使用によって耐性ウイルスが選択されて流行しているわけではない。病原性も通常のA/H1N1流行株とは変わらず、臨床的にはノルウェーから肺炎や副鼻腔炎の合併が多い傾向が示唆されているが、特に重篤な症状を引き起こすとの報告はない 1, 2)。

わが国でも昨シーズンに、国立感染症研究所(感染研)が全国の地方衛生研究所(地研)と共同でオセルタミビル耐性A/H1N1株の流行状況を緊急調査したが、1,734株中45株のみが耐性であり、出現頻度は2.6%と、諸外国に比べて極めて低い状況であった 3)。

一方、今シーズン(2008/09)についてはまだ流行初期なのでインフルエンザウイルス株の分離数は少ないが、仙台市や滋賀県などからオセルタミビル耐性A/H1N1株の分離報告が相次いでいる 4), 5)。そのため、わが国でも昨シーズンとは異なり、耐性株の大規模な流行が懸念されている。本稿は、2009年1月16日現在で、地研から感染研へ送られ、解析が完了した52株についての中間報告である。

*各種論文ではH274Yの表記をしているが、これは、H3N2亜型ウイルスのNA蛋白質のアミノ酸番号をもとにした表記法(N2表記法)であり、H1N1のNA蛋白質の場合は、耐性マーカーのアミノ酸番号はメチオニンから数えて275番目となる。よって、本文では耐性マーカーのアミノ酸番号をH275Yで統一する。

1. 日本国内の耐性株発生状況
インフルエンザ発生動向調査事業によって、今シーズンに各地研で分離されたA/H1N1株についてNA遺伝子の塩基配列を決定し、H275Yの耐性マーカーの有無を指標とした遺伝子解析を中心に検討した。その結果、A/H1N1の総解析数52株中51株にH275Y耐性マーカーが同定され、耐性株の発生頻度は98%であった[図1 (pdf)]。現時点での解析数は限られているが、地域的には本州を中心に18の道府県で耐性ウイルスが検出されており、各地におけるA/H1N1分離株のほぼ100%がオセルタミビル耐性であった。

これに加えて、各地研および関連施設からも同様の解析により耐性株の分離報告を受けている。これによると、青森県で12/12株(耐性株数/解析株数)、新潟県で2/2株、仙台医療センターで9/9株、仙台市で10/10株、東京都で13/13株、堺市で7/7株、和歌山県で1/1株、兵庫県で2/2株、福岡県で3/3株、宮崎県で10/10株と、各地で高頻度に耐性株が検出されている。一方、全体におけるインフルエンザウイルス分離株の中でA/H1N1が約1/3を占めているので、オセルタミビル耐性のA/H1N1株は全国的に広く蔓延していることが示唆されている。

2. NAI薬剤感受性試験
次に、現時点までに感染研が入手した耐性株遺伝子マーカーをもつ国内分離株について、オセルタミビルおよびザナミビルに対する薬剤感受性試験を、合成基質を用いた化学発光法によって解析した。その結果、解析した13株のA/H1N1オセルタミビル耐性ウイルスは、すべて感受性株に比べて、400倍以上も高いIC50値を示し、オセルタミビルに強い耐性であることが確認された。一方、これらのオセルタミビル耐性株は、すべてザナミビルに対しては感受性を保持していた。

3. 抗原性解析
国内の耐性株13株について、新旧ワクチン株およびその類似株に対するフェレット参照抗血清を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験により、抗原性を解析した。その結果、解析したすべての耐性株の抗原性は、今シーズンのA/H1N1ワクチン株A/ブリスベン/59/2007とほとんど同じか4倍以内の抗原変異に収まり、抗原性はワクチン株に類似していることが示された[ 表1 (pdf) ]。このことから、これらのオセルタミビル耐性A/H1N1ウイルスに対しても、今シーズンのワクチンは有効であることが示唆されている。

4. NA遺伝子系統樹解析
ここ数年のA/H1N1流行株は、NA遺伝子の系統樹上では、クレード2B(アミノ酸マーカー:H45N、G249K、T287I、K329E、G354D)およびクレード2C(アミノ酸マーカー:S82P、M188I、I267M、L367I、V393I、T453I)に大きく分けられる。中国での流行株の大半はクレード2Cに含まれるもので、オセルタミビル感受性、アマンタジン耐性である。これに対して、わが国での流行株を含めた世界中の主なA/H1N1流行株は、今シーズンのワクチン株A/ブリスベン/59/2007を代表株とするクレード2Bに属する[ 図2 (pdf) ])。さらにクレード2Bは、D354Gという特徴的なアミノ酸置換のマーカー配列を持つ群(北欧系統)と持たない群(ハワイ系統)に細分される。今シーズンに流行しているオセルタミビル耐性株のほとんどは国内外ともに北欧系統に属しており、昨シーズンに米国や日本でわずかに検出されたハワイ系統の耐性株は、今シーズンでは見つかっていない。

5. A/H3N2亜型およびB型インフルエンザウイルスに対するNAI耐性株サーベイランス
今シーズンに国内各地で分離されて感染研に送付されたA/H3N2(香港型)26株およびB型(6株)についても、オセルタミビルおよびザナミビルに対する薬剤感受性試験を行った。その結果、これらの分離株は全て両薬剤に対して感受性であり、今のところ、これらに対する耐性株は見つかっていない。同様に、海外諸国で分離されたA/H3N2亜型、B型ウイルスについても耐性株は報告されていない。

おわりに:昨シーズンに国内で分離されたオセルタミビル耐性A/H1N1株の発生頻度は2.6%と、諸外国に比べて極めて低かった。しかし、今シーズンに入り、オセルタミビル耐性A/H1N1株が相次いで分離されている。現時点での報告は18道府県からで、頻度は解析が終わった52株のA/H1N1株のうち51株(98%)が耐性であった。わが国でも諸外国と同様に、流行中のA/H1N1ウイルスのほとんどすべてがオセルタミビル耐性であり、これが全国的に蔓延していることが推測される。

現時点(1月15日現在)でのインフルエンザウイルスの分離・検出状況は、A/H3N2が45%、A/H1N1が36%、B型が19%と、3種類のウイルスの混合流行であるが、A型ウイルスでは2つの亜型がほぼ同じ規模で流行している。まだ流行の初期段階で分離ウイルス数が少ないので、全国レベルで予測は困難であるが、オセルタミビル耐性A/H1N1株が全国的規模に分散していること、全体のインフルエンザ分離ウイルス数の約1/3を占めていることから、今後本格的な流行を迎えると、全国各地でもオセルタミビル耐性A/H1N1ウイルスが高頻度に検出されると予想される。

臨床現場では、インフルエンザの診断に迅速診断キットが頻用されており、その結果にもとづいて抗インフルエンザウイルス薬の処方がされている。迅速診断キットでは、A型かB型かの鑑別は可能であるが、AH1かAH3かの亜型の識別は不可能である。今シーズンに流行しているA/H3N2およびB型ウイルスはオセルタミビルとザナミビルの両薬剤に対して感受性であるが、A/H1N1ウイルスはほぼ100%がオセルタミビル耐性となっている。すなわち、A型インフルエンザとの型診断ができても、このA型ウイルスがオセルタミビルに感受性なのか耐性なのかを判別できない。A型ウイルスの約半数をA/H1N1が占めつつある現状では、今後、臨床現場では抗インフルエンザウイルス薬の選択などの治療戦略に大きな混乱が起こることが心配される。

このような状況を踏まえて、米疾病対策センター(CDC)が、暫定的ながら、今冬における抗インフルエンザ薬の選択方針についての勧告を医師向けに出している。抗インフルエンザウイルス薬の選択には、地域でのインフルエンザ流行ウイルスの流行状況を十分に考慮することが強調されている6)。A/H3N2やB型が流行の主流なのか、A/H1N1が多数を占めるのかの流行状況によって、オセルタミビルかザナミビルかの選択をするとの実践的な治療戦略である。

わが国では、900万人分のオセルタミビルと300万人分のザナミビルが今シーズンに向けて準備されており、今後の流行動向の推移や臨床所見などを見ながら逐次適切な指針が出される予定である。従って、今シーズンのインフルエンザサーベイランスは、わが国のインフルエンザ対策にとって極めて重要な役割をもつことになる。A/H1N1に対する耐性株サーベイランスを全国レベルで実施するだけでなく、A/H3N2およびB型株を含めた通常のウイルス株サーベイランスを強化・継続していく必要がある。さらに、これらのサーベイランスから得られる情報は、随時更新されるとともに、速やかに臨床現場に還元されて治療方針の選択に役立てることが望まれる。

一方、今シーズンのワクチンに含まれるA/H1N1抗原(A/ブリスベン/59/2007)は耐性株に対しても有効に働くことが期待できるので、インフルエンザ罹患時に重症化や入院などのリスクが予想される場合には、今からでもワクチン接種が推奨される。

 文 献
1) http://www.who.int/csr/disease/influenza/oseltamivir_faqs/en/index.html
 (H275Y耐性株に関するFAQ)
2) Hauge SH, et al ., Emerg Infect Dis. 2009
3) IASR 29:334-339, 2008
 (インフルエンザ(A/H1N1)オセルタミビル耐性株(H275Y*)の国内発生状況 [第2報])
4) IASR 30:47-49, 2009
 (集団発生事例から分離されたA/H1N1亜型インフルエンザウイルスについて―仙台市)
5) IASR 30:49, 2009
 (2008/09シーズン初集団かぜからのA/H1N1亜型インフルエンザウイルスの分離―滋賀県)
6) http://www2a.cdc.gov/HAN/ArchiveSys/ViewMsgV.asp?AlertNum=00279
 (米CDCによる今冬における暫定的な薬剤の治療方針のガイドライン)

国立感染症研究所ウイルス第三部第一室
 インフルエンザ薬剤耐性株サーベイランスチーム
製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部
 ゲノム解析部門インフルエンザウイルス遺伝子解析チーム
全国地方衛生研究所

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