エンテロウイルスの実験室診断の現状と問題点
(Vol. 30 p. 10-12:2009年1月号)

2005年のへルパンギーナ特集 1,2)にてエンテロウイルス遺伝子診断の問題点、抗血清を用いた中和法の諸問題について紹介した。本特集ではその後のアップデートした情報について述べたい。

1.細胞を用いたウイルス分離同定法(従来法)
ルーチン検査で幅広く実施されている方法である。市販エンテロプール抗血清、EP95抗血清で同定困難な難中和株は単味抗血清を用いた同定を行う。無菌性髄膜炎の主要な原因ウイルスであるエンテロウイルスの多くは、培養細胞で良く増殖するため、分離株の保管、研究の観点からウイルス分離は依然重要である。ただ検査の迅速化、省力化を図るために、エンテロウイルス感染症流行期には、ウイルス分離後、数例を遺伝子解析で同定し、その後は単味抗血清で同定するなど、従来法と遺伝子解析法を組み合わせた検査も行われている。経験上ウイルス分離後のRT-PCR反応は比較的良好である。

2.遺伝子解析による同定法
エンテロウイルスは便中に排泄されるため、便材料を出発材料としてウイルスに対する感受性の異なる各種細胞を用いて分離するのが一般的である。しかし、分離、同定に時間を要するため、髄液(CSF)、咽頭ぬぐい液等から直接ウイルスゲノムを検出する場合がある。ただしウイルス量は便材料より少ないため、semi/nested PCRにより検出感度を上げる必要がある。よく用いられている方法としてはVP4-VP2部分領域 3)、VP1部分領域を対象としたものであり、後者に関しては、より高感度かつPCR増幅効率の高いCODEHOP PCR法 4)も開発されている(図1、詳細は本号12ページ参照)。

遺伝子解析による同定法を実施するにあたり、考慮すべき点は下記のとおり。

商業キットを用いた場合の臨床材料からのウイルス抽出効率:臨床材料(咽頭ぬぐい液、CSFなど)から直接semi/nested PCRによるウイルスゲノム検出を行う場合、2nd反応後ではキット間の差は見られない。しかし1stではキット間で、検出感度にばらつきがあることに留意すべきである 5)。

クロスコンタミネーション対策:エンテロウイルスゲノム検出に限らずsemi/nested PCRは感度が高いため、試薬の小分け、シングルチューブ、適切な陰性コントロールを使うなどして、クロスコンタミネーションのリスクについて十分配慮する必要がある。

ウイルスゲノム増幅領域:VP4-VP2部分領域については、ウイルス分離を行った後のPCR反応は良好である。US CDCのObersteらによって開発されたVP1領域の増幅を目的としたRT-PCR法 6)では、しばしば増幅できない場合がある。その後Nix等によって開発されたCODEHOP PCR法は、cDNA合成後、nested PCRを行うが、ウイルス分離株を用いた場合は1st RT-PCR反応でも、PCR効率はかなり良好である。しかしGenBank中で利用できるエンテロウイルスのVP1 領域の情報と約350bp程度しかオーバーラップしないため、血清型の同定には有効だが、短い配列ほど遺伝距離の誤差が大きくなるため、系統解析にはやや不向きであるという欠点がある。

3.おわりに
RT-PCR法の改良によりエンテロウイルスの血清型はおよそ100種類近い 7)。従来の血清型による分類からゲノタイプによる分類へ移行する過渡期にある。しかし、新しい血清型に関しては臨床像も不明なものが多く、分離株の保管はレファレンスおよび研究のためにも重要性が増すと考えられる。表1にエンテロウイルスの検査の現状についてまとめた。目的に応じて組み合わせることが肝要である。

 文 献
1)若月紀代子,他, IASR 26: 237-238, 2005
2)高尾信一,他,IASR 26: 238, 2005
3) Ishiko H, et al ., J Infect Dis 185: 744-754, 2002
4) Nix WA, et al ., J Clin Microbiol 44: 2698-2704, 2006
5)宗村徹也,他,感染症学雑誌 82: 55-57, 2008
6) Oberste,MS, et al ., J Clin Virol 26: 375-377, 2003
7) http://www.ncbi.nlm.nih.gov/ICTVdb/ICTVdB/index.htm

国立感染症研究所ウイルス第二部 吉田 弘 清水博之

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