東アジアにおけるエンテロウイルス71型感染症の流行
(Vol. 30 p. 9-10:2009年1月号)

はじめに
エンテロウイルス71型(EV71)は、手足口病の主要な原因ウイルスのひとつで、コクサッキーウイルスA16型(CA16)などコクサッキーA群ウイルスの一部とともにA群エンテロウイルス(Human enterovirus species A; HEV-A)に属している。手足口病は、口唇粘膜および手足の指先にあらわれる発疹を特徴とする発熱性疾患で、予後の良い一般的なエンテロウイルス感染症だが、1990年代後半以降、東アジア地域では、EV71による大規模な手足口病の流行時に小児の急性死症例が多発し、大きな社会問題となっている 1)。2008年の3〜6月には、中国本土で、大規模な手足口病流行が発生し、とくに安徽省では、短期間に20名以上の急性死症例が報告された。重症化の頻度は異なるが、2008年の手足口病流行は、中国本土だけでなく、シンガポール、香港、モンゴル、ベトナム、台湾等でも報告されている 2)。EV71による手足口病は、CA16による手足口病の臨床症状と区別できないが、EV71による手足口病流行時には、無菌性髄膜炎や脳炎等、中枢神経合併症の頻度が高くなることが、わが国の調査でも明らかになっている 3)。そのため、手足口病重症例・急性脳炎のサーベイランスとともに、EV71感染症の病原体サーベイランスが重要である。

EV71感染症の実験室診断
無菌性髄膜炎(AM)を含む手足口病およびEV71感染症が疑われる急性脳炎の実験室診断のためには、適切な臨床検体の採取が重要である。ウイルス検出・同定のための臨床検体として、発症後、できるだけ速やかに、咽頭ぬぐい液を採取する。EV71を含むHEV-AによるAMの場合、エコーウイルスやコクサッキーB群ウイルスによるAMの場合と異なり、髄液検体からのウイルス検出率が明らかに低いため、病原体診断のためには髄液検体は不適当である。ウイルス検出率向上のため、咽頭ぬぐい液と、発疹ぬぐい液あるいは直腸ぬぐい液(糞便)を併せて採取することが推奨されている 4)。EV71およびCA16のウイルス分離には、RD細胞あるいはVero細胞等が、よく使われている。CPE発現まで時間がかかる場合はあるが、ウイルス分離は、さほど困難ではない。EV71および他のHEV-Aは、EP95パネル抗血清では同定できないため、単味抗血清を組みあわせて中和試験を行う。手足口病検体の場合、通常、EV71およびCA16に対する単味抗血清を用いれば十分である。EV71およびCA16に対する単味抗血清(標準株および分離株に対する抗血清)は、国立感染症研究所ウイルス第二部から分与可能である。迅速な同定法としては、RT-PCR法によりカプシド領域を増幅後、塩基配列を解析することにより、EV71の同定が可能である。EV71およびCA16分離株は、すでに多くの配列がGenBank に登録されているため、VP4あるいはVP1部分領域の塩基配列により、精度の高い同定が可能である(本号10ページ12ページ参照)。より迅速なEV71検出が必要な場合、臨床検体から直接RNA を抽出し、リアルタイムRT-PCR 5)やCODEHOP PCR(未発表データ)を用いて、EV71遺伝子を検出する方法が報告されている。

EV71の分子系統解析
EV71の伝播様態を解析するため、また、強い神経病原性を有する特定の遺伝子型のEV71が伝播している可能性を検討するため、この地域のEV71分離株の分子系統学的解析が進められている。カプシドVP1領域の塩基配列をもとにして分子系統解析を行うと、東アジア地域で分離されたEV71は、すべての分離株が、2種類の遺伝子型であるgenogroup Bおよびgenogroup Cに大きく分かれ、さらにB1〜B5およびC1〜C5に細分類される。1990年代後半以降、おもに、B3およびB4、C1およびC2が、東アジアの多くの地域で分離されており、1997年のマレーシア、1998年の台湾におけるEV71脳炎をともなう大規模な手足口病流行では、それぞれ、B3およびC2が主要な流行株であった。日本では、1970年代〜2000年代にかけて、C3とC5を除く、ほぼすべての遺伝子型が分離されている。以前、日本で多く分離される遺伝子型は、B4およびC2であったが、当初、中国本土で見つかったC4が2003年以降認められており、最近報告されたB5も、日本、台湾、マレーシアで報告されている。2008年の安徽省の手足口病重症例からはC4が 6)、モンゴルの手足口病症例からはC2が検出されている(未発表データ)。このように、東アジア地域からは、多様な遺伝子型を有し、かつ、他の地域で分離されるウイルスと分子疫学的関連性の高いEV71が多く分離されており、広範囲な地域で頻繁にウイルス伝播が起きていると考えられる。その一方、韓国のC3、ベトナムで最近報告されたC5のように、地域固有の遺伝子型も存在する。これまでの分子系統解析によると、特定のEV71遺伝子型と疾患の重篤化との明確な関連性は認められていない。分子系統解析に反映されない僅かなゲノム遺伝子変異が病原性に関与している可能性は否定できないが、すべての遺伝子型のEV71は、手足口病の主要な起因ウイルスであるとともに潜在的な中枢神経病原性を有していると考えられる。他の東アジアの国々と同様、わが国でも、EV71による重症エンテロウイルス感染症の流行が発生するリスクは高く、手足口病重症例のサーベイランスおよびEV71感染症のウイルス学的モニタリングが重要である。

 文 献
1)清水博之, IASR 25: 228-229, 2004
2) Qiu J, Lancet Neurol 7: 868-869, 2008
3) IASR 25: 226-227, 2004
4) Ooi MH, et al ., J Clin Microbiol 45: 1858-1866, 2007
5) Tan EL, et al ., J Clin Virol 42: 203-206, 2008
6) Chinese CDC, et al ., 2008 (http://www.wpro.who.int/china/home.htm)

国立感染症研究所ウイルス第二部 清水博之

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