東南アジアからの帰国時に急性呼吸器症状を呈した患者から分離されたオルソレオウイルス
(Vol. 29 p. 310-312:2008年11月号)

はじめに
2007(平成19)年11月22日、東南アジアからの帰国者が高病原性鳥インフルエンザの要観察例と判断され、インフルエンザH5N1の検査が依頼された。検査の結果、インフルエンザH5N1の感染は否定され、過去に国内で報告のないオルソレオウイルスが分離された。オルソレオウイルスのヒト感染の報告は極めて稀で、感染した場合は高熱を伴う呼吸器症状を呈することが知られているが、ヒト−ヒト感染の有無や病態の詳細についてはよくわかっていない。今回、原因ウイルスの同定とともに、患者との接触者等の感染の可能性について、日南保健所、宮崎市保健所、県立宮崎病院、健康増進課および国立感染症研究所(感染研)と共同で調査を行ったので、その概要を報告する。

症 例
男性、38歳、11月8日〜21日にインドネシアに妻と旅行。11月19日22時頃から発熱、関節痛等の症状があった。11月21日朝帰国し、当日、関西空港経由で帰省。宮崎への機内では風邪薬を服用した。宮崎着後、直接、夜間救急センター病院を受診し、発熱39℃、咳症状、咽頭痛あるも、胸部X線検査で肺炎所見は見られず帰宅。同日夜中1:00に意識が朦朧とし県立宮崎病院の救急外来を受診し、インフルエンザの迅速診断キットでは陰性であったが、聞き取り調査で、帰国2,3日前に接触した現地ガイドは咳が持続しており、11月10日にこのガイドの自宅で放し飼いの鶏を捕まえて料理したことが判明した。高病原性鳥インフルエンザの要観察例として対応したが、検査の結果陰性。23日午前2時50分、検査の結果陰性が判明。その後、26日まで発熱継続し不明熱の診断で入院継続、29日に症状改善し退院した。

ウイルス学的検査
インフルエンザウイルス検査:衛生環境研究所(衛環研)では、高病原性鳥インフルエンザ検査マニュアル(2006年6月改定)に従い、インフルエンザType A、H5亜型、H1亜型、H3亜型、H7亜型およびType B遺伝子の検査を行ったが、すべて陰性であった。同時に感染研に検体を搬送し、感染研では、リアルタイムRT-PCR法により、Type A、Type B、H5亜型、H1亜型、H3亜型、H5N1のNA遺伝子の検査を実施し、すべて陰性であった。また、LAMP法によるSARSコロナウイルス遺伝子検出、LAMP法とRT-PCR法によるRSウイルス遺伝子検出結果も陰性であった。これにより、2つの検査機関で同一の結果が出たことから、11月23日午前2時50分にインフルエンザウイルスH5N1による感染は否定され、高病原性鳥インフルエンザ要観察例に対する危機管理体制が解除された。

その他のウイルス検査:インフルエンザウイルスの遺伝子検査に続き、RD-18S、HEp-2、Vero、およびCaCo-2細胞等を用いて原因ウイルスの分離を試みたところ、培養1日後にVero細胞に特徴的な合胞体(syncytium )形成(図1)を示すウイルスが分離された。呼吸器感染症を引き起こし、Vero細胞にsyncytium 形成を誘発する病原体として、パラインフルエンザウイルス2型・3型、ムンプスウイルス、ヘルペスウイルス等を疑って同定を試みたが否定された。そこで、分離ウイルスのVero細胞培養上清から抽出したRNAとDNAを感染研に送付し、ウイルス同定を行政検査依頼した。感染研では、新興ウイルス感染症の網羅的検出方法として、Rapid determination system of viral DNA/RNA sequences 1,2) (RDV法)によるウイルス遺伝子同定検査を実施し、オルトレオウイルス属のネルソンベイウイルスグループに分類されるウイルス(Reovirus strain HK23629/07、Melaka orthoreovirus)と極めて類似した遺伝子を検出した。また、S4セグメントについて、得られた塩基配列情報とネルソンベイウイルスグループで保存されている両末端の配列情報から本分離ウイルス検出用プライマーをデザインし、RT-PCRを行った結果、Reovirus strain HK23629/07とほぼ同配列の遺伝子が検出された。さらに、感染研に送付した分離ウイルスが、電子顕微鏡学的検査(図2)でレオウイルス様の形態を示すことから、本分離ウイルスは、レオウイルス科、オルソレオウイルス属のネルソンベイオルソレオウイルスグループに分類される新型レオウイルスと同定された。

疫学的調査と血清学的検査
これまでに本ウイルスに日本人が感染した報告はなく、国内への進入も初めてと考えられたため、本ウイルスの水平感染の有無の確認のため、健康増進課および日南と宮崎市保健所により、患者とその家族、患者の入院時に接触した医療関係者および衛環研職員等、計46名の疫学調査を実施した。その結果、患者の家族1名と医療関係者3名が、患者と接触後5日以内に発熱や咽頭熱等の症状を呈していたことが判明した。併せて同意を得て採取された血清について、感染研で中和試験と蛍光抗体法による血清学的検査が行われた結果、患者血清では、回復期に中和試験、蛍光抗体法により(本ウイルスに対する特異的中和)抗体が検出されたが、他の検体はすべて陰性(検出限界値以下)であった。このことから患者以外の感染は認められなかった。

考 察
今回分離されたウイルスは通常オオコウモリなどに存在し、ヒトへの感染例は過去に2例の報告(論文報告は1例のみ)しかない。Chua KB, et al .の報告 3)では、患者はマレーシアの39歳の男性で、発熱39℃、咳、咽頭痛を呈し、医療機関を受診後しだいに咳症状が強くなり高熱が4日間持続したが、呼吸困難はみられていない。これらの所見は、今回の症例と類似している。報告では、患者が高熱を発症した6日後に子供2人も高熱を示し、ヒト−ヒト感染が強く示唆され、患者と妻と子供2人は血清学的検査でオルソレオウイルスに感染したことが証明されている。遺伝子解析の結果では、患者から分離されたウイルスはオオコウモリから分離されたオルソレオウイルスと極めて類似しており、発症する約1週間前に患者の家にコウモリが侵入していたこと、近隣地域で行った血清疫学調査で、約13%の成人住民にこのウイルスに対する特異的抗体陽性所見が確認されたこと等から、コウモリ由来のレオウイルスがヒトに感染し発症させた事例であると報告している。今回の事例では、コウモリとの接触は確認されておらず、現地ガイドの咳症状の原因や感染源は不明であった。

東南アジア地域から帰国後に急性呼吸器感染症を呈した患者の病原体診断にあたっては、今後の急性呼吸器感染症の診断や治療に役立てるために、高病原性鳥インフルエンザの鑑別診断とともに原因ウイルスを正確に決定し、保健所や医療機関との連携、情報還元・提供することが必要である。

 文 献
1) Mizutani T, et al ., Emerg Infect Dis 13(2): 322-324, 2007
2) Sakai K, et al ., Arch Virol 152: 1763-1765, 2007
3) Chua KB, et al ., Proc Natl Acad Sci USA 104(27): 11424-11429, 2007

宮崎県衛生環境研究所
岩切 章 山本正悟 三浦美穂 塩山陽子 河野喜美子 井料田一徳 若松英雄
日南保健所
永石朗子 齊藤皆子 蓑毛真寿美 中村久子 岩本直安
宮崎市保健所
長友大三 園田千草 山田典子 寺園 裕 日高良雄
県立宮崎病院
山中篤志 河野徳明 菊池郁夫 上田 章
宮崎県健康増進課
山下省一 大浦恭子 中村洋子 相馬宏敏
国立感染症研究所
永田典代 影山 努 酒井宏治 水谷哲也 森川 茂 小田切孝人

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