妊婦の梅毒検査は2回必要
(Vol. 29 p. 243-245: 2008年9月号)

近年報告された先天梅毒例の母親の多くは、妊娠初期の検診で梅毒血清反応が陰性である1)が、今回同様の例を経験したので報告する。

症例は生後3カ月の女児。在胎38週2日、体重2,726g、Apgar score 8/9で出生。妊娠経過および出生時、特記すべき所見は認められなかった。1カ月健診でも異常を指摘されなかった。生後2カ月時に頭部、体幹に紅色環状皮疹が出現したが、中毒疹として経過観察された。3カ月時(2008年5月13日)に4〜5回/日の嘔吐と腹部膨満が出現し、尿量が減少したので16日に紹介医を受診した。肝腫大、全身浮腫、喘鳴、貧血(5.9g/dl)、血小板減少(148,000/mm3)、低血糖(40mg/dl)、肝機能障害(ALT 116U/l、ADT 183U/l)、代謝性アシドーシス(pH 7.391、PCO2 17.7mmHg、HCO3 11.3mmol/l、BE -13.0mmol/l)、低アルブミン血症 (1.8/dl)、低Na (117mmol/l)、高K血症(6.9mmol/l)が認められ入院。酸素投与、補液とアルブミン製剤、セフメタゾール(CMZ)100mg/kg/日を投与された。同日夜に39℃の発熱が出現した。翌日、貧血、血小板減少(69,000/mm3)が進行したが、骨髄検査で血球貪食像や異常細胞は認められず、輸血、ガンマグロブリン製剤、利尿剤を投与された。尿量の改善なく、呼吸状態が悪化したので、当院に紹介入院した。

入院時、多呼吸、陥没呼吸、喘鳴が著明で、全身性チアノーゼが認められた。胸部は両側で湿性ラ音を聴取し、呼吸音は減弱していた。腹部は膨満し、肝7cm、脾5cmを触知した。PaO2 47.9mmHg、pH 7.003、PCO2 52.1mmHg、HCO3 10.9mmol/l、BE -17.1mmol/l と低酸素血症と混合性アシドーシス、CRP 9.3mg/dl、WBC 40,300/mm3と炎症反応が陽性、LDH 1,102U/l、CPK 4,196U/lと逸脱酵素高値を示した。胸部X線では全肺野の透過性低下が認められ、呼吸不全に対して直ちに気管内挿管、人工呼吸器管理を開始した。ARDSとして、ステロイドパルス療法、サーファクタント、シベレスタットナトリウムを開始した(図1)。腹部膨満、全身浮腫に対して利尿剤、アルブミンを投与した。代謝性アシドーシスと多臓器障害から代謝性疾患を疑い、ビタミン製剤、カルニチン製剤なども投与した。細菌感染症も疑われたので、メロペネム(MEPM)60 mg/kg/日を投与した。入院時は危篤状態であったが、上記治療に速やかに反応し、入院5日目に人工呼吸から離脱、炎症反応、逸脱酵素値も改善した。

入院後の検査で梅毒抗体FTA-ABS法IgMが陽性で、RPR 480(陽性基準値≧1.0)R.U.、TPLA 175.9(陽性基準値≧20.0)T.U.と上昇していた。母は妊娠29週の時点ではRPR、TPLAはともに陰性であったことから、患児は母親が妊娠後期に感染したことによる先天梅毒と診断された。全身骨X線では骨変化はなく、髄液検査にも異常は認められなかった。ペニシリンG(PCG)20万U/kg/日を10日間点滴静注した。その1週間後頃から治療中に炎症反応、肝逸脱酵素の再上昇を認めたが、発熱、発疹、肝脾腫増大はなく、PCG中止後も上昇し、梅毒による肝機能障害として経過観察した。無治療でPCG中止2週間後に改善傾向にある。RPRはPCG開始3週間後には190R.U.、9週間後には50R.U.と低下傾向にある。現在、月齢6カ月であり、精神運動発達に関しては、寝返り5カ月、独座がほぼ可能である。

妊婦が梅毒に罹患した場合はほぼ100%胎児へ伝播する。感染した胎児の40%は子宮内死亡または周産期死亡するとされている。生存した場合、先天梅毒は症状の出現時期によって早期(生後2年以内)と後期(生後2年以降〜20年)に分類される。感染乳児の2/3は、出生時は無症状で身体所見は正常とされる。早期先天梅毒の発症年齢は、生下時〜生後3カ月とされ、ほとんどの例が生後5週間以内である。出産が近い時期の母体の梅毒感染で生じる例が多い。感染後出産までの期間が短い例では、生下時はまったく無症状であるが、新生児期に肝脾腫(±黄疸)を呈することが多く、その後に多臓器症状を特徴とする“Septic syphilis”で発症する2)。先天梅毒の臨床症状を表1に示す。特徴的なものは少ないが、生後まもなく、皮疹や鼻閉、肝脾腫が見られた場合は、先天梅毒を想起することが重要であり、小児科医師の再認識が求められる。

自験例は先天梅毒の症状として、生後2カ月時に発疹、3カ月時に肝脾腫、浮腫、溶血性貧血、血小板減少などが認められたが、骨病変や中枢神経系の異常は認められなかった。妊娠中の母親の梅毒血清反応は陰性であったことと、低血糖、多臓器障害、著しい肝脾腫があり、精査の結果、carnitine palmitoyl transferase 1(CPT-1)欠損症が疑われたが、再検の結果と臨床経過から否定的と考えられる(現在、酵素診断中)。

また、PCG投与中に肝機能障害が増悪し、3週間後にピーク値(ALT 758U/l、AST 742U/l)を示した。以後、低下傾向にあるが8週間経った現在も正常化していない。肝機能異常の原因について鑑別に苦慮したが、自験例では梅毒性肝炎が生じているものと考えられた。梅毒性肝炎はPCG治療開始後に発症し、生検例では巨細胞性肝炎の所見を呈し、トレポネーマ菌体は存在しないので、治療により溶菌したトレポネーマの溶解産物による中毒反応や自己免疫反応によると推測されている。

両親への病名および予測される感染経路についての告知は、心理的混乱を最小限に抑えるために、告知後のケアなど準備を要した。両親を皮膚科に紹介し、検査を依頼した。父はRPR 320R.U.、TPLA 2,820T.U.、母はRPR 115R.U.、TPLA 5,685T.U.と上昇し、両親ともに梅毒感染が確認され、アモキシシリン内服で加療した。母に関しては、口腔内潰瘍の存在から第2期梅毒と診断された。

梅毒は5類感染症であり、届出が義務づけられている。梅毒患者は昔に比べれば減少したとはいえ、2000年以降は全国で年間500〜700人程度の発症が報告されている。他の性感染症同様に実数は報告例の数倍と推測される。欧米においては、先天梅毒は増加傾向にある1)。

近年、妊娠初期の検診で梅毒血清反応が陰性の母体からの先天梅毒例が増加しており、すべての妊婦は妊娠初期に加えて出産時にも梅毒の血清反応をチェックすべき3)との記載もある。少なくともハイリスク妊婦、すなわち(1)HIV感染者、(2)未成年、未婚者、(3)性感染症の既往、(4)麻薬常習者、(5)未検診妊婦、(6)街娼、(7)梅毒流行地域、については出産時の梅毒検査を実施するべき2)とする記載が多い。自験例はハイリスク妊婦ではなかったため、診断に苦慮した。全妊婦に対して出産時の梅毒検査が必須となる時代が到来しつつあるのかも知れない。

 参考文献
1)秋吉健介, 他,小児科臨床 57: 2141-2145, 2004
2) Feigin RD, Cherry JD eds: Textbook of Pediatric Infectious Diseases 4th ed, WB Saunders, Philadelphia, 1998
3)岡部信彦監修,R-Book 2006 日本版−小児感染症の手引き−, 米国小児科学会編集,日本小児医事出版社, 2007

高知大学小児科
玉城 渉 前田明彦 木原一樹 高杉尚志 堂野純孝 藤枝幹也 脇口 宏
国立病院機構高知病院小児科
山遠 剛 小倉英郎

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