青森県の消防署における百日咳集団感染事例について
(Vol. 29 p. 71-73: 2008年3月号)

はじめに
百日咳は、近年再興感染症として注目されている感染症のひとつである。成人や年長児では典型的な症状を呈さないことが多く、百日咳と診断されなかったり、診断が遅れ感染源となることがある。特に低月齢乳児や新生児に感染すると重篤化し、致死的なこともある。したがって、成人百日咳についても的確な対応が必要と考えられる。今回、青森県の消防署内における集団感染事例を経験したので報告する。

 症例:A氏、54歳男性。
 職業:公務員。
 主訴:咳。

現病歴
2007(平成19)年5月7日、一週間前から継続する咳を主訴に当科受診した。理学所見に異常なく、また末梢血、生化学検査、胸部X線写真に異常を認めず、塩酸セフカペンピボキシル(CFPN-PI)を処方され帰宅した。5月10日、症状改善せず再度来院した。このときも末梢血、生化学検査、胸部CT検査に異常なく、処方薬をクラリスロマイシン(CAM)に変更され帰宅した。2007(平成19)年5月25日、症状の悪化を認め再度来院した。症状は終日持続する咳嗽で、夜間に悪化し、連続性吸気困難を来たすようなものであった。クラミジア、マイコプラズマ、アスペルギルス関連検査を行ったが、異常を認めなかった。しかし、百日咳抗体を調べたところ、東浜株160倍、山口株640倍を示し、さらに臨床的背景もあったことから百日咳と診断した。

その後の集団発生の経過について
2007(平成19)年5月28日、B氏(46歳男性)が約2週間継続する咳のため来院した。A氏と同職場であり、百日咳抗体を測定したところ、東浜株160倍、山口株1,280倍を示し、臨床的背景もあり百日咳と診断した。A、B氏の職場上司に協力を仰ぎ、職場で同様の症状を有する者は当科を受診するように指導した。その結果、2007(平成19)年6月5日にC氏(26歳男性)、D氏(39歳男性)が来院した。C氏に病歴を聴取したところ、2007(平成19)年4月30日より咳が出現し、近医を受診し感冒薬を処方されていたが、いまだ改善していないとのことであった。またD氏については2007(平成19)年5月15日より咳が持続しているとのことであった。さらにA氏、B氏、C氏、D氏の家族の状況についても聴取したところ、A氏の妻(A-w 53歳)、B氏の息子(B-So 9歳)、C氏の妹(C-Si23歳)、D氏の娘、息子(D-dou 11歳、D-So 9歳)にも症状の差異はあるが、咳症状を認めた。2007(平成19)年6月7日に全員来院していただき、百日咳抗体および百日咳菌培養を行った。さらに、鼻咽頭ぬぐい液については、国立感染症研究所に遺伝子検査(LAMP, loop-mediated isothermal amplification)を依頼した。検査の結果、百日咳抗体はいずれも高値を示し、また鼻咽頭液培養では2名から百日咳菌が検出された(表1)。百日咳菌が検出されたのはいずれも、推定発症日から1週間前後の2名であった。また1名はLAMP陽性であった。今回、百日咳と診断したA、B、C、D氏については同じ職場であり、また接触もあることから百日咳集団感染と考えられた。さらにA、B、C、D氏がキャリアとなり同居の家族に感染した可能性が高いと考えられた(図1)。発症から2週間以内と推定された患者については、エリスロマイシン(EM)投与を行い職場、学校への登校は禁止とした。ただしエリスロマイシン投与後も咳は約90日程度持続し、抗菌薬治療による病状改善効果は低かった。

考 察
百日咳はグラム陰性桿菌である百日咳菌(Bordetella pertussis )によるものである。感染経路は鼻咽頭や気道からの分泌物による飛沫感染、および接触感染である。WHOの診断基準としては21日以上の痙咳発作があり、かつ、(1)百日咳菌の分離、(2)抗PT抗体(IgG)または抗FHA抗体(IgGまたはIgA)の有意の上昇、(3)確定百日咳患者との家庭内接触の条件のうち1つ以上を認めるものであるが、この基準では診断まで時間を要する。本件については、消防署という極めて閉鎖的空間であったため、感染者が増えたと考えられる。すなわち、消防署勤務は、通常24時間連続勤務であり、勤務中は寝食を共にすることとなる。特に夜間の仮眠は同じ部屋に泊まり、交替で無線番を行う。カタル期、痙咳期の患者が存在した場合、容易に感染すると推察される。さらに、今回集団感染に至った理由としては、百日咳と診断するまでに時間を要したこともあげられる。一般的に百日咳は、臨床の現場では小児疾患であり、成人には発症しないと考えられがちである。その理由として、(1)百日咳に対する上述したような固定観念、(2)成人、年長児における百日咳は特有な症状、検査所見がないことが挙げられる。しかし、成人も百日咳に感染し、リザーバーとして機能しているのが現実である。米国では0.1〜0.2%の成人が百日咳を発症し、そのうち12〜30%が典型的な症状を呈する。百日咳の流行を制御するためにはワクチンの効果が減弱している青年期以降の免疫が必要であるなどの報告がなされている1)。百日咳は成人であれば重篤な状態に進行することは少ないが、生後4〜6カ月未満で感染すると致死的な状態に進行することもある。成人が百日咳を発症した際には、乳幼児に感染させないことが大切である。したがって、早期診断、治療が必要とされるが、確定診断に関する問題点としては、(1)百日咳菌の培養陽性率が低いこと(成人の場合カタル期には百日咳を疑われることが少なく、痙咳期には菌が検出されにくくなる)、(2)抗体価の測定に時間がかかり、抗体価はペア血清で診断することなどがある。臨床症状での判断では、成人百日咳では特有の症状が乏しいことが多く、マクロライド系抗菌薬の投与を躊躇してしまいがちである。したがって、早期診断のために迅速かつ簡便な診断法の確立が望まれる。

 文 献
1) Orenstein WA, Clin Infect Dis 28(Suppl2): S147-150,1999

国民健康保険板柳中央病院 長谷川範幸
弘前大学医学部内分泌代謝感染症内科 柳町 幸 小川吉司 須田俊宏
弘前大学医学部保健学科病因病態検査学 中村光男

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