兵庫県下における日本脳炎ワクチン接種状況とその問題点について
(Vol.29 p 52-53:2008年2月号)

はじめに:2005(平成17)年5月30日、厚生労働省より各自治体に「定期の予防接種における日本脳炎ワクチンの積極的勧奨の差し控え」の勧告がなされた。この勧告のあと全国的に日本脳炎ワクチン接種率は大きく低下した。しかし兵庫県では、ここ数年豚の日本脳炎ウイルス抗体保有率が80%以上と高く1,2)、さらに県内には現在豚飼養戸が46存在する3)。このような事情を鑑みて、2006(平成18)年度の兵庫県下における日本脳炎ワクチン接種状況を調査した。その調査結果を報告するとともに、その結果より浮かび上がる問題点について検討した。

方法:兵庫県下41市町に直接電話依頼し、平成18年度1年間の「日本脳炎1期1回目、2回目、1期追加、日本脳炎2期の接種者数」、および「2003(平成15)年度、2002(平成14)年度、1997(平成9)年度の出生数」の値をFAX回答により得た。平成18年度日本脳炎1期1回目および2回目接種率は「平成18年度の1期1回目および2回目接種者数」を分子に、「平成15年度出生数」を分母に、1期追加接種率は「同年度の1期追加接種者数」を分子に、「平成14年度出生数」を分母に、2期接種率は「同年度の2期接種者数」を分子に、「平成9年度出生数」を分母にして求めた。

結果:兵庫県下全41市町より回答を得ることができた。兵庫県全体での接種率は日本脳炎1期1回目1.0%、2回目0.9%、追加0.9%、2期0.4%と4回とも非常に低かった。最も高い接種率は、日本脳炎1期1回目13.8%、2回目12.7%、追加13.1%、2期6.2%ですべて三木市であった。三木市が他市町に比べ接種率が高いのは、日本脳炎ワクチンに関して積極的に啓発する医療機関が存在したためであった。15の自治体が定期の日本脳炎ワクチン接種を全く実施していなかった。

考察:日本脳炎ウイルスは蚊―豚―蚊―豚の感染サイクルで維持、増幅され、その媒介蚊はわが国ではコガタアカイエカが最も重要である。このコガタアカイエカの主な発生源は水田地帯である4)。ウイルスを保有する蚊が人の血を吸うときに感染する。そのため稲作豚飼養が行われている地域が日本脳炎感染・発症の要注意地域となる。

今回の調査結果より浮かび上がる問題点を列挙する。

 (1) 兵庫県では豚の日本脳炎抗体保有率が高い。しかし、日本脳炎ワクチン接種率は非常に低い。
 (2) 淡路島や県北部の豚飼養戸数が多い地域でもワクチン接種率は非常に低い。
 (3) 2007(平成19)年度に入り日本脳炎ワクチン接種希望者が増えてきた。しかし、ワクチン不足のため入手が困難で、希望通り接種できない。

  以下これらの問題点を中心に検討する。

(1) 厚生労働省感染症流行予測調査事業では、毎年、豚の日本脳炎HI抗体価の測定を実施し、国立感染症研究所等が協力して、各県の豚の日本脳炎抗体保有率を発表している1)。それによれば兵庫県ではここ数年間80%以上が続いている1,2)。兵庫県は日本脳炎汚染地域なのである。平成19年5月16日薬食血0516001号厚生労働省医薬食品局血液対策課長通知(以下、「通知」)で、平成18年の1年間の日本脳炎ワクチン全国販売量が22万本(1本 0.5ml換算)と公表した。平成18年度は兵庫県下の日本脳炎ワクチン接種者数が1,576人であり、兵庫県は日本脳炎汚染地域であるが、接種率が低い方に位置するのではないかと思われる。

(2) 兵庫県内の豚飼養戸数は46戸であるが3)、地域別では、淡路島、但馬、丹波地方に多い5)。この戸数が4戸以上存在する加西市(4戸)、養父市(4戸)、丹波市(4)、洲本市(5戸)、南あわじ市(9戸)のワクチン接種率は、加西市、養父市、丹波市、洲本市がすべて0.0%、南あわじ市では、1期の平均0.4%、2期が0.0%であった。これらの地域では環境的に水田が多く、住居近くに豚舎が存在する可能性が高い。そのため日本脳炎感染の危険性が高く、むしろ日本脳炎ワクチン接種を積極的に実施する必要のある地域ではないかと考えられる。

上記5市を含め、ホームページ(HP)に「定期の日本脳炎ワクチン接種の一時中止」を記載している自治体があるが、ワクチン接種は一時中止されているのではなく、積極的勧奨が差し控えられているのである。接種を希望すれば接種できることをもっと積極的に住民に知らせる必要があると思われる。

(3) 平成19年度に入り、厚生労働省のHPの日本脳炎ワクチン接種に係るQ&A6)、国立感染症研究所感染症情報センターHPの「豚の抗体保有率の高い地域に住んでいる3〜5歳のお子さんは最初2回のワクチン接種(基礎免疫)を考えた方が良い」との記載7)および日本脳炎に関する新聞報道などにより、接種を勧める医師や接種希望者が増えてきた。また自治体の「日本脳炎ワクチンの積極的勧奨の差し控え」の捉え方にも変化がみられてきた。これらによるためか、ワクチン不足が顕著となり、ここ数カ月はワクチンを入手できない状態が続いている。

現時点では、ワクチン製造メーカーはマウス脳由来不活化日本脳炎ワクチンを新しくは製造していない。これまでに製造された原液を利用し、ワクチンを製造、出荷している。そのため今後の出荷数にも限りがある。厚生労働省の「通知」で、日本脳炎ワクチンの出荷については「平成19年1月〜5月7日までの全国出荷数13万本、平成19年5月7日現在の全国在庫数量23万本、今後の供給予定量19万本」と公表している。さらに平成19年度予防接種従事者研修会近畿ブロックにおいて、来年度は90万本の出荷をメーカーに依頼していることが厚生労働省より説明された。また組織培養細胞によるワクチンの見通しについては、「平成20年はできる見通しはない。」との回答であった。ただワクチン製造メーカーによれば、2009(平成21)年の承認取得、供給開始に向け努力しているとのことである。

結語
日本脳炎汚染地域、特に居住地の近くに豚舎がある地域の自治体は、日本脳炎感染の危険性を住民に知らせると同時に、定期の日本脳炎ワクチン接種は中止されているのでなく、希望すれば接種することができることの周知に努める必要がある。また、医療機関側の協力も必要である。

組織培養ワクチンが供給されるまでは、日本脳炎ワクチン不足は解消されることはなく、今後も続くと思われる。国内の日本脳炎汚染地域に住む幼児に対して、優先的にワクチンを供給する方策を考えていかなければならない。

現時点での日本脳炎ワクチン接種状況を考慮すると、組織培養ワクチンが登場し、積極的勧奨が早期に再開されることを期待するとともに、接種漏れ者に対しては国の救済措置を是非お願いしたい。

 参考文献
1)http://idsc.nih.go.jp/yosoku/Smenu.html
2)多屋馨子,他,小児科 47: 289-295, 2006
3)http://www.maff.go.jp/www/info/bunrui/mono08.html
4)木村三生夫, 高橋理明, ワクチン最前線, 164-175, 1989(医薬ジャーナル社,大阪)
5)兵庫県農林水産部農林水産局畜産課調べ(平成19年2月1日現在)
6)http://www.mhlw.go.jp/qa/kenkou/nouen/index.html
7)http://idsc.nih.go.jp/disease/JEncephalitis/QAJE.html

加古川市加古郡医師会 櫻木健司
姫路市医師会 松浦伸郎

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