ボツリヌス症の実験室内検査
(Vol. 29 p. 39-41: 2008年2月号)

ボツリヌス症(ボツリヌス食中毒、乳児ボツリヌス症、創傷ボツリヌス症および成人腸管定着ボツリヌス症)は感染症法では4類感染症として届出対象疾患になっており、またボツリヌス食中毒と診断された場合には食品衛生法によっても対処される。いずれの場合も、実験室内検査が診断上重要な根拠になる。

以下、ボツリヌス症の細菌学的検査の概要を示す。

1.検査材料の採取
ボツリヌス症の検体としては、共通して患者血清、患者糞便または浣腸回収液、原因食品の究明のため喫食残品、原料、関係食品のほか、調理場の下水や排水溝内の泥、原料の採取場所の土壌など、関連材料も検体として採取する。吐物や胃の洗浄液なども状況に応じて検体とする。患者が喫食した食品については、複数のロットについて1検体の数カ所から採取するほか、調理方法、購入先、保存方法等の情報についても入手する。

乳児ボツリヌス症では、蜂蜜の摂取の有無を確認し、残品や参考品があれば必ず検査を行う。その他、ベビーフード、野菜、哺乳瓶、ハウスダスト、室内の植木鉢や居住区周辺の土等を採取する。ハウスダストの採取には、電気掃除機内のゴミの採取が容易である。特に、糞便の検査は患者の退院時期を決める根拠になるが、発症2〜3カ月後でも検出されることがある。

また、創傷ボツリヌス症では創傷部位の浸出液、組織、そのぬぐい液を採取する。創傷ボツリヌス症の患者が麻薬や覚醒剤の常習者であれば、注射跡の確認を行い、使用した注射器等も検体とする。

2.検査材料の輸送
ボツリヌス毒素やボツリヌス菌が含まれている可能性のある検体の取り扱いには、毒素や芽胞による周囲の汚染に十分な注意を払う必要がある。検体は採取後、乾燥や高温を避けて冷蔵し、速やかに検査室に送付する。検査に供した残りの検体は冷蔵または凍結して保存するが、凍結融解の繰り返しは毒素活性を低下させる。

3.検査の進め方
ボツリヌス症の検査法としては、(1)検体中のボツリヌス毒素の証明、(1)検体中のボツリヌス菌の検出・分離に大別される。ボツリヌス症では、患者材料中のボツリヌス毒素の検出が最も重要で、毒素の証明によってボツリヌス症と確認される。ボツリヌス毒素の検出や確認法として一般的な検査法は、マウスを用いた(1)毒性試験と、(2)診断用ボツリヌス抗毒素血清による中和試験であり、約数十pgのボツリヌス毒素を検出できる。ボツリヌス症が疑われる場合、ボツリヌス毒素の検索とともに通常ボツリヌス菌の分離を行うが、菌の分離ではしばしば成功しないことがある。

4.ボツリヌス毒素の検出法
1)試薬、診断用ボツリヌス抗毒素血清およびマウス
(1)ゼラチン希釈液:検体からの毒素の抽出には、0.2%ゼラチン加リン酸緩衝生理食塩水(pH 6.2)を滅菌して使用する。

(2)マウスのマーカー:マウスのマーカーにはピクリン酸溶液(適当量をエタノールに溶解)を使用する。

(3)トリプシン溶解液:検体中の毒素の活性化には、トリプシン(活性 1:250では2%、結晶トリプシンでは0.02%)をゼラチン希釈液に溶解して使用する。

(4)診断用ボツリヌス抗毒素血清:各地域のボツリヌスレファレンスセンター(本号8ページ記載)で保管されており、ボツリヌス症が疑われる検査に利用可能である。

なお、A、B、F型の抗毒素血清の1IU(単位)は、約10,000マウスipLD50、E型抗毒素血清の1単位は約5,000マウスipLD50のボツリヌス毒素を中和する。

(5)マウス:約4週齢のマウスを使用する。

2)ボツリヌス毒素の検出
I群菌(A、BおよびF型のタンパク分解菌群)が産生するボツリヌス毒素は、トリプシン等のタンパク分解酵素によって活性化されないが、II群菌(タンパク非分解性B、EおよびF型の菌群)の産生した毒素は、タンパク分解酵素処理により毒素活性が著しく上昇する。食品や糞便中の毒素は、混在菌が産生する酵素により毒素が活性化された状態で存在している可能性があるが、試験目的の必要に応じてトリプシン処理も考慮する。

(1)検体の調製:検体ごとに以下のように処理する。
・血清:患者血液を遠心分離し、血清は希釈せずにそのまま試料原液とする。トリプシン処理は必要に応じて行う。

・糞便:約1gの検体に約5mlのゼラチン希釈液を加え、ストマッカーや乳鉢で乳剤化する。大半の患者は便秘で糞便の採取が困難なことが多いが、その場合は浣腸液を利用する。

・食品:検体(25〜50g)と等量のゼラチン希釈液を加え、ストマッカーや乳鉢で乳剤化する。食品によっては有形の残渣や粘度を生じることがあるので、片側濾紙付きストマッカー袋を使用すると便利である。以下糞便と同様に検体を調製し、試料原液を作製する。

・環境材料:土や泥などは、フラスコ等を用いて等量の生理食塩水等と十分に混和・静置し、その上清を10,000rpm20分間遠心してその沈渣浮遊液を試料原液とする。また、環境水の場合は、約1lをポアサイズ0.22μmのフィルターで濾過後フィルターを細切し、そのまま培養する。

(2)マウス試験:マウス試験には、マウス2匹以上を1群として、次の5群を準備する。

第1群:試料原液をそのまま0.5mlずつマウス腹腔内に注射する。第2群:試料原液を 100℃、10分間加熱処理し、0.5mlずつをマウス腹腔内に注射する。第3群:試験管内で試料原液とA型ボツリヌス抗毒素血清(1IU/ml)を等量に混合し、37℃、15〜30分間反応させ、 0.5mlずつをマウス腹腔内に注射する。中和反応の方法は、あらかじめ抗毒素血清をマウスに注射し、その後試料原液を注射する方法でもよい。第4群:操作は第3群と同様で、抗毒素血清にはB型を用いる。第5群:操作は第3群と同様で、抗毒素血清にはE型を用いる。

注射後24時間までは、1、2、4、8、12、18時間目など、できるだけ頻繁に観察する。ボツリヌス毒素陽性の場合にはほとんど24時間以内にマウスは死亡するが、最終4日目まで観察する。

第1群がボツリヌス毒素による特有の症状(腹壁の陥没、後肢麻痺および呼吸困難)を呈して死亡し、第2群が生存し、かつ第3群から第5群のうちどれか一つの群が生存した場合、生存群に使用した血清型に相当する毒素の存在が証明される。5つの群のマウスが全部死亡した場合には、ボツリヌス毒素以外の耐熱性毒物の存在が示唆される。しかし、第1群がボツリヌス毒素による特異的症状を呈して死亡し、第2群が生存したにもかかわらず、第3〜5群のマウスが全部死亡した場合は、試料の毒素量に対して用いた抗毒素血清の力価が不十分か、A、BあるいはE型以外のボツリヌス毒素の存在が示唆される。この場合には、試料原液をさらに希釈して試験するか、他の毒素型(C、DおよびF型)の抗毒素血清による中和試験を試みる。

(3)毒素の定量:ボツリヌス毒素が検出された場合には、検査材料(1g、1ml)中の毒素を定量する。この成績は、患者の毒素摂取量、血清や糞便中の毒素量を推定するために重要であり、ヒトの中毒量、致死量を推定するのに貴重な資料となる。毒素の定量方法には、試料を段階的に希釈して1段階4匹以上のマウスに腹腔内注射する方法、あるいは静脈内注射後マウスの死亡時間から毒素量を換算する。

5.ボツリヌス菌の分離方法
1)培地
(1)増菌培地(ブドウ糖・澱粉加クックドミート培地):ブドウ糖(0.3%)、可溶性澱粉(0.2%)を精製水に加熱溶解し、クックドミート培地(Difco)1.5g(12mlの分量/試験管)を入れた試験管(ねじ口)に12mlずつ分注し、121℃で15分間滅菌する。滅菌後急冷し、使用する。

調製後直ちに使用しない場合には、嫌気ジャーやグローブボックス中の嫌気環境下で保管し、使用直前に溶存酸素を除去するために、沸騰水中で10分間加熱後、流水中で急冷して使用する。

(2)分離培地(卵黄加GAM寒天培地、または卵黄加CW寒天培地):GAM寒天(日水)または、CW寒天(カナマイシン不含、日水)を精製水に加温溶解後滅菌し、50℃の温浴中に保管する。これに、50%卵黄−滅菌精製水溶解液を10%の割合で加え、シャーレに25〜30mlずつ分注して固める。GAM寒天にはシステインを0.1%加え(この場合にはpHの再調整が必要)、嫌気ジャー内で2日以上保存後に使用する。

汚染食品や便からのI群菌の分離に際しては、上記の分離培地にD-cycloserine 250μg/ml、sulfamethoxazole 76μg/mlおよびtrimethoprim 4μg/mlを添加して夾雑菌の増殖を抑制することも可能である。抗菌薬は、ポアサイズ0.45μmのフィルタ−で濾過滅菌後、50℃に冷やした滅菌済み基礎培地に卵黄液とともに添加する。

2)ボツリヌス菌の分離
ボツリヌス菌は偏性嫌気性菌であるために、固形培地の培養には、GasPak(BBL)、アネロパック(三菱ガス化学)等の嫌気性培養装置が必須であり、嫌気パウチ(酒見医科機器舗)を併用すると菌の分離は効果的である。

(1)増菌培養:「4.2)(1)検体の調製」の項で、遠心分離した沈渣0.5ml〜1mlを増菌培地3本の深部にパスツールピペットあるいは駒込ピペットで静かに移植し、1本目はそのまま、2本目は60℃で15分、3本目は80℃で15〜30分間加熱後、それぞれ30℃で7日間嫌気培養する。加熱処理は、芽胞の発芽を促進するとともに、非芽胞性夾雑菌を除くためである。

培養4日目および7日目に、培養液中のボツリヌス毒素の有無を調べる(マウス試験)。ボツリヌス毒素が証明されればボツリヌス菌陽性(検出)とし、ボツリヌス菌の分離を行う。この際に、80℃で15〜30分間加熱後培養した増菌培地以外の培養液中に毒素が検出されても、沈渣からのボツリヌス毒素の移行が推測されるので、供試材料中にボツリヌス毒素が証明された検体では考慮する。

(2)分離培養:毒素が証明された培養試験管の深部液を分離培地に画線し、30℃で48時間、嫌気培養する。芽胞非形成菌の多い場合には、複数カ所(肉片層の上部・中間部〜深部)から採取した増菌培養液2mlに等量のエタノールを添加し、25℃で1時間の処理法も有用である。ボツリヌス菌は、リパ−ゼを産生(G型菌は非産生)するため、卵黄添加寒天培地上で卵黄中の脂肪を分解し、培地上のコロニ−の周りに限局して乳光を発する。環境物を材料とした場合、ウェルシュ菌など発育の速い卵黄反応陽性菌のためにボツリヌス菌の分離が困難な場合が多いが、培地を室温にさらに数日間放置することによりリパーゼ反応(真珠層様光沢)の観察が容易になる。

ボツリヌス菌が疑われる集落をなるべく多く釣菌して、ブドウ糖・澱粉加クックドミート培地に接種し、30℃で4日間培養する。次に、培養液から「4.2)(2) マウス試験」の記載に従ってボツリヌス毒素を検出し、ボツリヌス毒素型が決定されれば、当該毒素型のボツリヌス菌が分離されたことになる。分離株については、生化学的性状についても調べるが、本菌の同定は、毒素産生と毒素型の決定が最も重要で、生化学的性状検査は補助的な意味しか持たない。詳細は、"ボツリヌス症の手引き・資料集"(p.17)および他の専門書を参照されたい。

6.PCR法によるボツリヌス毒素遺伝子の検出
ボツリヌス菌には、サイレント遺伝子(毒素遺伝子が存在するが、毒素産生が確認されない)の存在が知られていること等から、PCR法単独ではボツリヌス毒素産生能の有無を決定できず、最終的にはマウス試験法によって毒素産生性の有無を決定しなければならない。しかし、PCR法は、培養液中の菌の存在や、大量の分離株の毒素産生性をスクリーニングする場合に有効である。検査法の詳細については、"ボツリヌス症の手引き・資料集"(p.106)を参照されたい。

滋賀県衛生科学センター 林 賢一

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る