高校の寮生における集団下痢症事例からのクリプトスポリジウム(Cryptosporidium meleagridis )の検出−愛媛県
(Vol.29 p 22-23:2008年1月号)

2006年8月下旬、高校の運動部員が寄宿する寮において、複数の学生が下痢、腹痛等の症状を訴える集団発生事例があった。調査の結果、有症者の便から腸管寄生性原虫クリプトスポリジウムが検出され、遺伝子解析の結果、ヒトからの検出が稀なCryptosporidium meleagridis であることが判明したので、その概要を報告する。

経緯:2006年8月24日、愛媛県内の医療機関から保健所に、下痢・腹痛等の症状を呈した高校の寮生6名を診察したとの通報があった。保健所で調査を実施したところ、高校の運動部員が寄宿する寮において、寮生34名中19名が、8月20〜23日にかけて下痢、腹痛などを発症していたことがわかった(図1)。有症者の主な症状は、下痢68%、腹痛63%、嘔吐11%、頭痛11%であった(表1)。数回の下痢のあと腹痛が数日続く例が比較的多く、中には下痢が5日間続く重症例もあったが、数日の腹痛のみで終わるなどの軽症例が1/3を占めた。所属するクラブによって発症率に差があり、野球部員20名中16名(80%)、サッカー部員14名中3名(21%)で、野球部員の発症率が有意に高かった。寮生以外の生徒からは同様の有症者は認められなかった。

病原体検索のため、24日に医療機関を受診した6名の検便を直ちに実施し、細菌検査、ウイルス検査、原虫検査を行った。その結果、原虫検査が可能であった5名中1名から腸管寄生性原虫クリプトスポリジウムが検出された。そこで、同原虫による集団下痢症の可能性を念頭に、8月27、28日両日の在寮者20名(初回検査5名を含む有症者16名、無症状者4名)についてクリプトスポリジウム検査を実施したところ、有症者16名中3名(うち1名は初回検査陽性者)からクリプトスポリジウムが検出され、無症状者4名(寮生3名、寮管理人1名)からは同原虫は検出されなかった。

なお、24日の検便で6名中3名から大腸菌O25(Vero毒素陰性)が検出されたが、便の性状、患者の症状などから、保健所では今回の集団感染をクリプトスポリジウムによるものと判断し、以後の対応を行った。

疫学調査:寮生は、高校、練習場、寮をマイクロバスで移動する共同生活を送っており、食事はすべて共通であった。朝食および夕食は寮に隣接する施設A、昼食は施設Bを利用していたが、両施設とも寮生以外の利用者から有症苦情等の情報は寄せられなかった。共通の食生活を送っている寮生のなかで野球部員の発症率が有意に高いことから、食事を介した感染の可能性は低いと判断した。飲料水は、部活動中は学校(貯水槽あり)および練習場の水道水を未処理のまま水出し麦茶として直接飲用し、入浴は施設Aで井戸水を使用した風呂を利用していた。水系感染の有無を確認するため、学校水道水(貯水槽あり)、寮水道水(貯水槽あり)、施設A調理場水道水(水道直結)、施設A風呂用井戸水の4カ所についてクリプトスポリジウム検査を実施したが、すべて陰性であった。なお、練習場および施設Bは貯水槽がない水道直結であり、施設A水道水と同じ水質と考えて検査は実施しなかった。以上の調査結果から、今回の事例は食事や水道を介した感染ではなく、何らかの原因で寮生に拡がった施設内の二次感染による集団下痢症と推察された。

寮生の生活状況を2週間前にさかのぼって調査したところ、8月14〜16日の盆休み期間中は寮生全員が全国各地に帰省していた。寮内に同病原体が持ち込まれた原因の一つとして、盆休み中の帰省先で寮生が感染し、帰寮後の寮生活で感染が拡がった可能性が推察された。

検査結果と遺伝子型:クリプトスポリジウム検査は、患者便1gをMGL法で集嚢子後、免疫磁気ビーズ(Dynabeads)で濃縮精製し、直接蛍光抗体染色(EasyStain)およびDAPI染色により同定した。遺伝子型の同定は、QIAmp DNA Stool kitを用いて便から直接DNAを抽出後、18S rRNA領域をnested-PCRにより増幅し、約800bpの増幅産物について塩基配列を決定した。

有症者のうち、検査を実施した16名中3名からクリプトスポリジウムが検出され、そのうちの1名は集嚢子後の希釈液に大量の原虫が見られたが、残りの2名は濃縮精製後に数個の原虫が見られるのみで、便中への排出は極めて少量であった。この3件について遺伝子型の決定を試みたが、増幅産物が得られたのは排出量の多かった1件のみであった。この1件について塩基配列を決定し、データベースと比較したところ、C. meleagridis (AF112574)と100%一致し、今回の事例は本原虫による極めて稀な集団感染事例と考えられた。

本原虫が検出された3名の症状を比較すると、便中に多量の排出が見られた1名は症状が重く、1日4回の下痢と腹痛、吐き気、頭痛で臥床し、腹痛が第5病日まで続いた。一方、便への排出が少なかった2名は比較的症状が軽く、腹痛のみが第6病日まで続いた症例と、悪寒を1日だけ訴えた症例であった(表2)。

考察:クリプトスポリジウムの七面鳥型として知られるC. meleagridis は、ニワトリやオウムなどからも検出され、広く鳥類を宿主とすることがわかっている。一方、ヒトのクリプトスポリジウム症患者から検出される遺伝子型は、C. hominis およびC. parvum がほとんどであるが、C. meleagridis も少数ながら検出され、免疫機能が正常なヒトへの病原性が明らかになっている。また、集団感染事例から検出される遺伝子型はC. hominis およびC. parvum がほとんどであり、C. meleagridis が原因となった集団感染事例は世界的にもほとんど知られていない。今回の事例では、調査の初期にクリプトスポリジウムが検出されたことから、当該原虫を念頭に置いた調査および衛生指導を実施し、結果的にその後の感染拡大はみられなかった。しかし、有症者からの検出率が19%と低いこと、3名中2名は便への排出量が極めて少なかったこと等、過去に報告されたクリプトスポリジウムによる集団感染事例とは異なる点が多い。これが、本遺伝子型の特徴であるのか、クリプトスポリジウム以外の他の病原体の関与によるものかは、今回の事例で明らかにすることはできなかった。しかし、集団下痢症事例から稀な遺伝子型であるC. meleagridis が検出された今回の事実を踏まえ、当該原虫の存在を念頭に置いた検査体制を整備することで、今後、本原虫のヒトへの病原性等についてより詳細な知見が得られることを期待したい。

愛媛県立衛生環境研究所
浅野由紀子 烏谷竜哉 奥山正明 高見俊才 大瀬戸光明 井上博雄
今治保健所
山本浩二 青陰純子 佐伯紀之 内田和彦 佐伯裕子 鈴木美紀子 山本 公
宇高雅稔 菅 恭三 松浦榮美 木村真理
(平成18年度の所属部署による)

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