沖縄県におけるレプトスピラ症患者の発生状況、1988〜2007年
(Vol. 29 p. 10-12: 2008年1月号)

レプトスピラ症は、病原性レプトスピラの感染によって起こる急性熱性の感染症である。ヒトへの感染は、レプトスピラを含んだ齧歯類等の尿で汚染された水や土壌にヒトが経皮的、経口的に触れることで起こる。本県での患者発生は他県に比べて多く、集団発生例(IASR 21: 165-166, 2000)や、一定の期間内に患者が多発する例(IASR 24: 326-327, 2003)も報告されている。

本疾病は、2003年11月の感染症法改正により4類感染症として新たに追加され、届出対象疾病となった。当研究所では、感染症法の届出対象疾病となる以前からレプトスピラ症疑い患者の検査を実施しており、今回はこれまでに確定診断されたレプトスピラ患者について集計・解析したので報告する。

実験室診断:1988年1月〜2007年10月の20年間にレプトスピラ症を疑われた213症例について、菌の分離および抗体検査により確定診断を行った。菌の分離は、医療機関から送付された血液または髄液を接種したコルトフ培地を30℃で約1カ月培養し、1週間ごとに暗視野顕微鏡下で観察した。菌体が確認された場合には、継代を行い十分量にまで菌を増殖させた後、レプトスピラ標準抗血清を用いて顕微鏡下凝集試験(microscopic agglutination test: MAT)により血清型を推定した。抗体検査は、患者血清とレプトスピラ標準株を用いてMATを実施し、ペア血清では抗体陽転あるいは4倍以上の凝集抗体価の上昇が認められた場合、単一血清では80倍以上の場合を陽性と判定した。また、一部の検体はDipstick法によるIgMの検出(国立感染症研究所・細菌第一部で実施)により判定した。

患者発生状況:年別検査数を図1に示す。検査の結果、213例中120例(56%)がレプトスピラ症と確定診断され、そのうち62例でレプトスピラ菌が分離された。患者の月別発生数を、不明5例を除いた115例について図2に示す。1月と3月を除いたすべての月で患者発生がみられ、特に8月と9月に集中し、この2カ月で全体の64%(77例)を占めていた。患者の性別は男性108例、女性12例で、男性が90%を占めていた。患者の年齢は5歳〜83歳まで幅広い年齢層にわたって発生しており、年齢別では20〜30代が45例(38%)と最も多く、次いで40〜50代32例(27%)、0〜10代22例(18%)、60代以上19例(16%)、不明2例(1.7%)の順であった。集団発生事例は、2003年7〜9月名護市河川での遊泳による11例(IASR 24: 326-327, 2003)、2004年8月恩納村溜め池での清掃による4例、2007年9月名護市河川での遊泳による2例の計3件であった。また、1999年7〜9月八重山地域で15例(IASR 21: 165-166, 2000)、2007年6〜9月同地域で10例と、例年より多数の発生がみられた。

感染経路:患者の感染地域は、八重山地域が41例と最も多く、次いで沖縄本島の北部地域32例、中部地域29例、南部地域2例の順で、不明は17例であった。海外からの輸入感染例も1例あった。推定感染機会は、河川での遊泳が34例(28%)と最も多く、次いで水田・畑・畜舎での農作業23例(19%)、カヌー・釣り・キャンプなど野外でのレジャー活動16例(13%)、土木作業10例(8.3%)、ドブさらい・草刈りなど清掃9例( 7.5%)、ネズミとの接触または咬傷5例( 4.2%)の順であった(図3)。特に患者の多かった8〜9月の約6割は、遊泳およびレジャー活動であった。

感染血清型:推定感染血清型は、全部で12種類が確認された。Hebdomadisが43例(36%)と最も多く、次いでRachmati 11例、Icterohaemorrhagiae 8例、JavanicaおよびPyrogenes 7例、CanicolaおよびGrippotyphosa 6例、Australis 4例、AutumnalisおよびKremastos 3例、CastellonisおよびPomona 2例の順であった。また、MATにおける複数の血清型に対する交差反応およびDipstick法によるIgM陽性のみの結果により、感染血清型の判定が困難な症例が18例あった。Hebdomadisは、本島北部、中部および八重山の3地域で、他の血清型に比べ最も多く検出され、特に北部地域では32例中21例(66%)と大半を占めていた。Grippotyphosaは6例すべてが八重山での感染であったことから、八重山地域特有の血清型であることが示唆された。

臨床症状:臨床症状が判明している94例の主な臨床症状は、発熱(100%)、筋肉痛(59%)、関節痛(36%)、眼球結膜充血(52%)、肝機能障害(55%)、腎機能障害(46%)、Jarisch-Herxheimer反応(18%)であった。黄疸が認められた重症例は20例(21%)で、その感染血清型はHebdomadis 8例、Javanica 3例、Icterohaemorrhagiae、Pyrogenes およびRachmati 2例、Australis 1例、血清型不明 2例であった。また、死亡例は3例あり、その感染血清型はHebdomadis、Australis、不明がそれぞれ 1例ずつであった。

まとめ:感染症法改正後は、改正前に比べ1年当たりの検査数で2.5倍、陽性数で2.0倍増加し、なおかつ4年連続で陽性例が確認されている。特に2007年は、検査数35例、陽性数20例と、過去20年間で最も多い年となったことから、本県におけるレプトスピラ症発生の実態は明らかになりつつあると思われる。

今回の集計・解析により、重症例20例、死亡例3例が確認された。重症型(黄疸出血性レプトスピラ症、ワイル病)は、わが国では一般的に血清型IcterohaemorrhagiaeおよびCopenhageniに起因するとされているが、本県ではそれ以外の血清型でも発生していた。これらの症例の中には、発症から医療機関での受診まで数日が経過していたり、早期に受診したものの、適切な診断・治療がされず重症化したケースもみられた。その要因の一つとして、レプトスピラ症の初期症状が風邪の症状に類似しており、臨床症状のみによる診断が困難であることが考えられる。一方、本県を旅行中にレプトスピラに感染し、帰省後に発症した例(IASR 24: 327, 2003および本号8ページ)も報告されている。本県には年間500万人以上もの観光客が訪れており、近年は河川等でのエコツーリズムの人気も高い。したがって、このようなケースは今後増加することが予想される。これらのことから、レプトスピラ症の診断にあたっては、臨床症状とともに野外活動および動物との接触や、流行地への渡航歴など、疫学的背景の問診が重要であり、地元住民や観光客に対してはレプトスピラ症予防に関する知識の普及啓発が重要と思われる。

沖縄県衛生環境研究所 岡野 祥 平良勝也 中村正治 大城直雅
沖縄県福祉保健部薬務衛生課 大野 惇 與那原良克
国立感染症研究所細菌第一部 小泉信夫

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