これまでに経験したレプトスピラ症4例の検討
(Vol. 29 p. 8-10: 2008年1月号)

レプトスピラ症は病原性レプトスピラの感染による急性発熱性疾患である。2003年11月の感染症法の改正により、全数把握の4類感染症に指定された。東南アジアを中心に熱帯・亜熱帯地方で流行しているが、わが国では感染症法指定以降の届出数は年間20例程度にすぎない。当院では過去5年間に3例のレプトスピラ症を経験している1, 2) 。今回は著者が横浜市立市民病院勤務時代に経験した1例3)を含め、4例のレプトスピラ症について臨床的検討を行ったので報告する。

2000年以降約8年間に4例のレプトスピラ症を経験した(表1)。全例20代〜30代の若年男性であった。推定感染地はマレーシア・ボルネオ島2例、インドネシア・バリ島1例、沖縄県西表島1例であった。沖縄県は国内の他の地域に比べてレプトスピラ症の発生が多く報告されている。特に八重山諸島は地理的には台湾とほぼ同緯度であり、気候的には亜熱帯に属することから、旅行後に発熱がみられた場合には、レプトスピラ症は鑑別すべき疾患のひとつと考えられる。東南アジアでの流行状況はさらに深刻で、タイやマレーシアでは毎年多数の患者が発生している4)。これらの地域では患者の発生時期と降水量には相関があるとされており、フィリピンでは降水量の多い7〜9月に、タイでは雨季の7〜11月に患者が多発している5)。今回の症例もすべて7〜9月に集中していた。これは流行地におけるレプトスピラ症の多発とともに、わが国の夏季休暇で国内外への旅行者数が増加する時期とも重なっているためと考えられた。近年は河川や湖沼でのレジャーやスポーツに関連した感染事例が報告されている。今回の4例中3例でも旅行中に河川での水泳が確認されている。症例1は広域集団発生の事例であり、日本国内では発症者は1例のみであったが、同レース参加者のうち、米国、英国、フランスなどで少なくとも17例の発症者が確認されている6)。症例3のみ明らかな感染の機会は指摘できなかったが、ホテル内とはいえ、芝生の上を裸足で歩いたり、水着のまま地面で昼寝をしていることより、汚染された土壌が感染源となったと推察された。

すべての症例に共通する臨床症状は、悪寒を伴う突然の高熱、頭痛、眼球結膜の充血、筋肉痛(特に下腿筋の把握痛)であった。黄疸、出血傾向、乏尿・無尿といったワイル病に合致する症状を呈した症例および髄膜炎合併例はみられず、全例軽症型と考えられた。今回の症例では、感染した血清型が重症化をきたしにくい種類であった可能性もあるが、発症早期からレプトスピラ症を疑い、適切な治療を行ったため重症化に至らなかった可能性も高いと考えられた。

臨床検査値では、白血球は正常範囲にとどまるものから10,000/μlを超えるものまでさまざまであったが、好中球はすべての症例で85%以上を占めていた。貧血や血小板減少を呈した症例はみられなかった。トランスアミナーゼは正常から軽度上昇にとどまり、総ビリルビンの上昇は認めなかった。CKの上昇が特徴的とされているが、今回の症例ではすべて正常範囲内であった。すべての症例でCRP の高度上昇とフィブリノーゲンの高値を示し、強い炎症反応を呈していた。4例とも通常のカルチャーボトルによる血液培養は陰性で、海外由来の3例はすべてマラリア原虫陰性であった。3例で髄液検査を施行したが、細胞数の増多は認めなかった。4例中3例で尿タンパクが陽性であった。

最終的な確定診断は顕微鏡下凝集試験(microscopic agglutination test:MAT)による血清抗体価の上昇の確認が3例、PCR法、培養での病原体の検出およびMATによる分離株に対する抗体価上昇の確認が1例であった。すでに抗菌薬が投与されていた1例を除き、3例でPCR法によるレプトスピラ遺伝子の検出とコルトフ培地による培養を試みたが、陽性となったのは症例4の1例のみであった。症例3では血液の直接鏡検では病原体を確認できたにもかかわらず、培養では病原体の発育が得られなかった。これは当時当院にはコルトフ培地が常備されておらず、検体採取から培地に接種するまでに時間を要したためと考えられた。コルトフ培地は有効期限が短く、レプトスピラ症の発症頻度を考慮すると、常備するのは困難であると考えられるが、検体を採取した際にはなるべく早期に接種することが望ましいと考えられた。

治療は4例中3例でテトラサイクリン系薬が投与され、投与開始後すみやかに解熱をみた。1例はすでにazithromycin(AZM)が投与されており、2日間で投与中止したが、その後再発・再燃はみられなかった。AZMは有効血中半減期が長く、2日間程度の内服でも十分治癒せしめうると考えられた。症例4もdoxycyclineの内服で治癒しており、軽症型の症例では外来での内服治療も可能であると考えられた。

以上これまでに経験したレプトスピラ症について臨床的検討を行った。特に7〜9月の夏季に、沖縄県を含む熱帯・亜熱帯地方への旅行後に発熱をみた場合には、レプトスピラ症も鑑別のひとつに加える必要があると考えられた。

 参 考
1)水野泰孝, 他, 感染症誌 78: 288-289, 2004
2)坂本光男, 他, 感染症誌 79: 294-298, 2005
3)坂本光男, 他, 感染症誌 75: 1057-1061, 2001
4)萩原敏且, 感染症 32: 67-71, 2002
5)小泉信夫, 渡辺治雄, モダンフィジシャン 25: 606-609, 2005
6)CDC, MMWR 50: 21-24, 2001

東京慈恵会医科大学感染制御部 坂本光男
東京慈恵会医科大学臨床検査医学 河野 緑 保科定頼
国立感染症研究所細菌第一部 小泉信夫 武藤麻紀 渡辺治雄

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