急性脳炎ないし脳症における病理診断の必要性と検体採取の注意点

(Vol. 28 p. 341-342: 2007年12月号)

1.急性脳炎ないし脳症における病理診断の必要性
1)脳炎と脳症
急性脳炎は脳実質に生じた炎症により、発熱、頭痛、意識障害、麻痺などの急性症状を呈した状態を指す。脳炎様の臨床症状が存在するにもかかわらず、脳に炎症が見られない場合は病理学的には脳炎には含めず、脳症に分類する。脳症には感染症によるもの以外では血糖、アンモニア、電解質異常による代謝性の脳症などがある。

2)病理診断
脳における炎症の存在は髄液中の細胞やタンパク量の増加、CTやMRIなどの画像診断からも推察できるが、病理組織検査は脳組織実質に起こった炎症を直接に証明することが可能であり、脳炎の最終確定診断法とされる。また、病理組織検査では、免疫組織化学等による病原体特異抗原の検出を含め、病原体の存在部位と病変部の位置関係を明らかにすることで病原微生物の確定も可能である。

3)必要性
病理診断を行う機会は生検と剖検がある。脳組織の生検は脳炎・脳症、およびその病原体の診断にきわめて有効な手段であるが、出血や後遺症などのリスクがあるため、他の方法で診断ができない場合に止むを得ず行う最終的な手段である。剖検は死後に脳炎か脳症に相当する病変の有無とともに、病原体の同定、体内分布と病変部との関連を確実に知る方法であり、意義は大きい。

2.対象疾患
脳炎ないし脳症の原因となる病原微生物はウイルスの他に、細菌、真菌、原虫や寄生虫、プリオンなどがある。近年の本邦における感染症発生動向調査では、病原微生物の同定された脳炎ないし脳症のほとんどはウイルス感染によるもので、インフルエンザウイルス、ヘルペスウイルス6、ロタウイルス、アデノウイルス、コクサッキーウイルス、単純ヘルペスウイルスなどが病因ウイルスとして、脳組織ないし全身組織の検討により同定されている。このほかHIV脳炎やエンテロウイルス71、麻疹ウイルスによる脳炎も報告されており、多くのウイルスが脳炎ないし脳症の原因となる可能性がある(表1)。一方で、病原微生物の同定されない、原因不明の脳炎ないし脳症も全体の約4割を占める。これには十分な検索が行われなかった症例も含まれているものと考えられるが、多くの種類の病原微生物を検索したところで、必ずしも同定されるわけではなく、こうした点に脳炎ないし脳症の診断の難しさがある。

3.検体採取の注意点
1)検体採取
生検では採取部位とタイミングが重要である。画像診断から推察される病変部を、脳機能をつかさどる周辺組織に極力ダメージを加えないように確実に採取する必要がある。急性期の生検はなるべく避けたいが、急性期でないとウイルス分離や特異抗原の検出等は困難になる疾患が多いことも事実である。

2)採取後の処理
採取後は速やかに核酸抽出用(凍結)とウイルス分離培養用(凍結)、そして病理組織検査用(10%中性緩衝ホルマリン固定、室温)に分割し、保存する。凍結はチューブ等に密封して−80℃保存がのぞましい。ホルマリン固定標本を凍結してはならない。凍結した検体は組織内に氷の結晶ができ組織を破壊するので、形態観察には不適当になる。凍結検体を利用して形態を観察したい場合にはサンプル採取時に未固定生検体を液体窒素や-80℃に冷却したn-ヘキサンに浸漬する急速凍結法で凍結し、クレオスタットで凍結切片を作製する。この場合、感染性を疑われる組織を扱うことになるのでBSL(バイオセーフティーレベル)2の作業環境で行う。

3)剖検時の凍結標本採取と採取部位
剖検においては開頭し、脳を取り出してから標本を採取するが、ホルマリン固定する前にウイルス分離や核酸抽出用に生のサンプルを採取しておくことが是非、必要である。採取部位も重要である。基本的には剖検においてもCTやMRIなどの画像診断から変化の見られる部位を採取することが最も重要であり、加えて、各ウイルスの好発部位のサンプルは採取すべきであろう(表1)。たとえば、日本脳炎やエンテロウイルスが原因となる脳炎は脳幹脳炎の形をとるため、視床、延髄などの脳幹部の標本採取は必須である。また、ヘルペス系の脳炎では側頭葉が好発部位であり、サイトメガロウイルス脳炎では脳室周囲に病変部が現れることが多い。HIV脳炎やJCウイルスが原因となる進行性多巣性白質脳症はほぼ白質に病変部が限局する。また、周辺組織を含む病変部を採取することが重要となる。

4)臨床情報の把握と他の検体採取部位
生検、剖検に共通していえることであるが、検体採取時に基礎疾患などの臨床情報を十分に把握しておくことは重要である。HIV脳炎は血液検査でHIV陽性が判明しているはずであり、またアメーバ脳症などは免疫不全が背景にある。脳性マラリア(熱帯熱マラリア)では、通常、熱帯地域への渡航歴があるはずである。さらに、脳炎ないし脳症は、必ずしもほかの症状を伴わないが、脳の検索のみでは不十分なことが多い。たとえばインフルエンザ脳症では脳症が発症する前にインフルエンザの症状が発現しているのが通常であり、気管や肺の検索は重要である。エンテロウイルスやロタウイルス感染症は腸炎が先行するはずで、糞便の検討も必要である。表1に脳、髄液以外で診断に有効な検体採取部位と脳における好発部位をまとめた。検体採取の際に参考にしていただきたい。直接脳を検索しなくても、髄液や血中ウイルス量から診断がつく症例もあり、脳の検索のみならず、各臓器から得たサンプルの情報を総合的に勘案して診断を下すべきである。

4.病理診断の実際
ホルマリン固定された脳組織は切り出し、パラフィン包埋、薄切後、ヘマトキシリン・エオジン染色などの通常染色を行い、病変部の確認、炎症の有無などの検索が行われる。病原体の検索は、細菌や真菌そして原虫や寄生虫であれば通常の顕微鏡で、慣れれば、観察と診断が可能であるが、ウイルスの場合、ヘマトキシリン・エオジン染色標本上で特異な形態(封入体の存在など)をもつウイルス感染細胞を検索し、ウイルスの存在は特異抗体を用いた免疫組織化学により確認されることが多い。ホルマリン固定脳組織からウイルス分離は不可能であり、また、ホルマリンによりDNA、RNAが断片化するので核酸検査にも限界がある。ウイルス分離や核酸検査には未固定の生あるいは凍結脳組織が供される。病理組織診断はおもに組織検査、免疫組織化学の結果から下されるが、臨床経過、臨床検査データ、ウイルス分離、核酸検査などの結果と総合し、治療方針が決定される。

参 考
1)厚生労働省感染症発生動向調査の急性脳炎の届出基準
 http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-03.html
2)国立感染症研究所感染症情報センターIDWRの急性脳炎の項
 http://idsc.nih.go.jp/disease/AEncephalitis/idwr0710.html
 http://idsc.nih.go.jp/disease/AEncephalitis/idwr0602.html
3)青山友三他編「ウイルス感染症の臨床と病理」医学書院
4)病原体検出マニュアル
 http://www.nih.go.jp/niid/reference/pathogen-manual-60.pdf

国立感染症研究所感染病理部 片野晴隆 佐多徹太郎

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