長期ノロウイルス排泄中に認められた遺伝子変化

(Vol.28 p 288-289:2007年10月号)

2006年4月〜2007年3月末までに、富山県で集団発生したウイルス性胃腸炎の事例で、ノロウイルスが検出されたものは28事例あった。遺伝子型は、1例がGI/8であった以外はすべてGII/4であった。これらのGII/4による事例のなかで、約2カ月間糞便中にウイルス遺伝子が検出され、構造蛋白領域の塩基配列に経時的変化が認められた事例を経験した。

同事例において、2名の糞便から2カ月あまりにわたってウイルス遺伝子が検出された。1名(a) では7回検便を行い、リアルタイムPCRによりウイルスのコピー数を測定したところ、2峰性の経時変化を示した()。もう一例(b) では4回検便を行い、同様に検討したところ、ウイルスのコピー数は感染初期に非常に多く、その後急激に減少する経過を示した()。RT-PCR、およびダイレクトシークエンスによりウイルス遺伝子の塩基配列を解析した結果、構造蛋白領域の開始コドンから数えて50番目の塩基が、(a) では、3回目と4回目の検体の間でAからGに変化していることが判明した()。(b) でも、1回目と2回目の検体の間で、同様にAからGに変化していた()。経過中にウイルス遺伝子が変異した可能性が考えられたため、PCR産物をクローニングして、個々のクローンの塩基配列を検討した。その結果、a-1〜a-3ではすべてのクローンがA配列を持っていたのに対して、a-4では24クローン中Aが9、Gが15、a-5ではAが1、Gが24、a-6ではすべてGであった。また、b-1では、28クローンすべてがAだったのに対して、b-2では、29クローン中Aが1、Gが28クローンだった。このように、Aを持つウイルスからGを持つウイルスへと割合が変化していることが判明した。この塩基の変化により、構造蛋白の17番目のアスパラギン(CAA)がセリン(CAG)に変化することがわかった。上記の変化に加えて(a) では、構造蛋白領域の開始コドンから数えて279番目の塩基も、1回目と2回目の検体の間でCからTに変化していることが判明した()。同様にPCR産物をクローニングして割合を求めたところ、a-1ではすべてがC、a-2ではすべてがTと、この間に同部位の塩基が一変していることがわかった。(b) ではすべてTで変化は認められなかった。このCからTへの変化は、アミノ酸の変化を伴わないことがわかった。個々のクローンには、上記2カ所以外の部位での塩基の変化も散見されたが、いずれも固定化することはなかった。

(a) 、(b) 2例で、同じ変異が同時に起きる可能性は極めて低いと考えられるため、一方で生じた塩基変化をもつウイルスが他方に感染した可能性が高いと考えられる。(a) のウイルス量の経時変化が2峰性を示し、塩基の割合変化もこれらピークの上昇前に起きていることから、それぞれの直前に(b) から(a) に感染した可能性が考えられる。

経過中に遺伝子変化が認められた原因として、腸管でウイルスが増殖する間に変異が起きた、異なるウイルスが再感染した、もともと少量混在していたウイルスが優勢になったことなどが考えられる。(b) の感染初期にはウイルスのコピー数が非常に多かったことから、ウイルスの増殖が盛んで、その間にウイルスが変異した可能性も考えられる。

AからGの変化によりアスパラギンがセリンに変化することから、構造蛋白の抗原性が変化した可能性も考えられるが、同部位には明確な抗原決定部位は報告されていない。また、CからTへの変化はアミノ酸変化を伴わない。したがって、抗体の影響によりこれらの変化が(a) で優勢になり固定化したとは考えにくい。ウイルス遺伝子の他の領域に生じた変異による影響の可能性も考えられ、今後の検討が必要である。

本事例により、長期ノロウイルス排泄者中におけるウイルス変異の可能性が示唆された。長期排泄例では、遺伝子が経過中に変化する可能性を考えて、今後検討を重ねていく必要があるだろう。

富山県衛生研究所ウイルス部
小原真弓 長谷川澄代 中村一哉 岩井雅恵 堀元栄詞 倉田 毅 滝澤剛則
高岡厚生センター 齊藤尚仁
新川厚生センター 大江 浩

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