ワクチン未接種で麻疹脳炎に罹患し、重篤な経過をたどった13歳女児例

(Vol.28 p 256-258:2007年9月号)

麻疹は、現代においては予防しうる感染性疾患である。しかし、いったん罹患すると呼吸器系や中枢神経系などに重篤な合併症を引き起こしうる。なかでも脳炎は20〜40%に後遺症を残し、致死的な経過をたどるものも10〜20%といわれている1)。2006年には、わが国にも麻疹ワクチンの2回接種が導入されたが、それ以前に予防接種を受けた年代における免疫獲得の不十分あるいは減衰、もしくは未接種者での散発的発生が問題となっている。2007年春には、年長児や成人において社会問題ともなる流行がみられた。当施設においても、13歳女児の麻疹脳炎を経験したので報告する。

症例:13歳、女児。
既往歴、家族歴:特記事項なし。
発達、発育歴:特記事項なし。

現病歴:2007年3月某日発熱、第3病日にいったん解熱するも再度熱発し、第4病日には発疹が出現した。熱型と発疹所見、居住地域の流行状況から麻疹と診断された。第8病日未明より痙攣と意識障害が出現。近医に救急搬送され、抗痙攣剤の静脈内持続投与により痙攣は停止するも意識障害が遷延した。さらに呼吸状態が悪化したため、気管挿管・人工呼吸管理となった。頭部CTでは明らかな異常は認めなかった。同日、加療目的に当院へ転院搬送となった。当院来院時の脳波は著しい低活動所見であったが、頭部MRIでは明らかな異常は認められなかった。麻疹脳炎の診断でICU入室となった。

入院時現症:気管挿管・人工呼吸管理中(人工呼吸器条件:FiO2 0.4、PIP 25cmH2O、PEEP 5cmH2O、Ti 1.0 sec、RR 10/min)。Glasgow Coma Scale (GCS) 5点 (E1 VT M3)(鎮静筋弛緩下)。心拍110/分、血圧90/60mmHg、CRT<2秒、体温39℃。瞳孔 4/4mm、対光反射迅速。

入院時検査所見表1表2表3):血液検査では血算、凝固異常なし。肝機能、腎機能、電解質正常。髄液検査では単核球優位の細胞数上昇を認め、髄液蛋白、髄液IgGも上昇していた。血清麻疹抗体価の上昇を認めたが、髄液中麻疹RNAは陰性であった。他の抗体価上昇はなかった。

入院時画像所見図1):前医での頭部CT検査結果では、脳浮腫所見はなく、皮髄境界明瞭で異常所見は認められなかった。当院搬送後当日の頭部MRI検査結果では異常所見が認められなかったが、病日20(脳炎発症後13日目)には基底核領域の異常信号を新たに認めた。病日34(脳炎発症27日目)の頭部MRI でも上記異常信号は残存し、脳委縮が進行していた。

脳波所見:全般性の1〜2Hzの徐波があり、全体的に活動が抑制。

入院後経過:ICU入室後は、当院の脳保護管理プロトコルに準拠した呼吸循環管理、液電解質管理、ならびに体温管理を開始した。頭部CT/MRI検査では改善が認められず各科協議の上で第9病日(脳炎発症2日目)から3日間、1クール目のステロイドパルス療法を施行した。開始翌日である第10病日には、脳波に基礎活動を認めるようになった。その後に鎮静筋弛緩を中止するも意識障害が遷延したが、徐々に脳波の活動性上昇と意識レベルの改善を認めるようになった。第17病日には自発開眼や呼名に頷く等の動作が見られるようになったが、四肢筋力の回復は十分ではなく、その時点での抜管は不可能であった。第20病日に頭部MRI を再検査したところ、入院当日には認められなかった異常信号が新たに認められたため、2クール目と3クール目のステロイドパルスを施行した。第28病日頃になると、意識状態が急速に改善しはじめ、四肢の抗重力運動も可能となり、第31病日に抜管に至った。第33病日ICU退室となった。当院退院時には独歩、会話が可能となったが、記銘力低下や集中力低下といった高次機能の低下が認められ、知的にも退行がみられている。今後も通院とリハビリテーションの継続が必要な状態である。

考察:麻疹は伝染力が強く、合併症によって命を失うことも多い。一方、予防が可能な感染性疾患でもある。世界的には毎年80万人が麻疹で死亡している2)。日本ではワクチンが存在している現在においても、未接種者、抗体獲得不十分者、抗体獲得後の減衰者といった感受性のある者での麻疹感染による死亡、後遺症が報告されている。麻疹の主な合併症は中耳炎、肺炎、脳炎であり、麻疹の合併症で死亡する場合の多くは、肺炎と脳炎が原因となるといわれている3)。

中枢神経系の合併症は、他の発疹性感染症と比較すると非常に多い。麻疹自体の重症度と神経学的重症度、また脳炎の初期症状と転帰とは相関しない。麻疹脳炎の発症機序に関しては、中枢神経系からウイルスが分離されないことから自己免疫学的機序が考えられているが、ウイルスの直接浸潤によるものも完全には否定されていない4)。

麻疹ウイルスによる中枢神経系の合併症は麻疹脳炎、麻疹封入体脳炎(measles inclusion body encephalitis; MIBE)、亜急性硬化性全脳炎(subacute sclerosing panencephalitis; SSPE)の3種類の病型があり、それぞれに発症時期、転帰、合併頻度が異なる。今回経験した麻疹脳炎の発生頻度は、麻疹罹患患者の1,000〜2,000人に1人といわれており、後遺症を残す頻度も麻疹脳炎発症者の約 1/3と高い。発症時期が発疹出現から2週間以内であることもあり、診断としては他の2つの病型に比較して容易であることが多いが、時に発疹出現前に脳炎症状が出現することもある。麻疹に対する特異的な治療法はなく、中枢神経合併症に対しても、対症療法が主体となる。

本例は、麻疹ワクチン未接種、また他の麻疹患者との接触歴があり、発熱・発疹といった臨床所見経過も麻疹として典型的であった。以上より、麻疹脳炎として矛盾しない症例であったと判断される。

麻疹はひとたび流行が起こると、感受性のある者への伝播率が非常に高く、ある一定の確率で合併症を起こすこととなる。予防のためには麻疹の予防接種の推進が急務となっている。わが国では現在、乾燥弱毒麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)が生後12〜24カ月未満と小学校入学前の1年間の、2回接種が導入されている。成人での抗体価測定では、かなりの確率で抗体陰性者が存在することが分かっており、それらの人々は、予防接種未接種者と予防接種歴のある不応例である5)。成人での流行があることにより、感受性のある小児でも流行を来すことになり、予防接種の推進は小児だけに限ったことではなく、社会全体への啓発活動が重要になると考えられる。

 参考文献
1)星野 直ほか, 小児科: 307-312, 2007
2)中山哲夫, 小児内科 36(7), 2004
3)Behrman RE, Nelson TEXT BOOK OF PEDIATRICS
4)Hosoya M, INTERNAL MEDICINE: 841-842, 2006
5)中島夏樹ほか, 小児科: 257-262, 2007

国立成育医療センター手術集中治療部 西村奈穂 清水直樹

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