患者血液から毒素非産生性C. diphtheriae が分離された1症例について

(Vol.28 p 201-202:2007年7月号)

2006年1月23日に岡山市保健所より当センターに、病院の入院患者からジフテリア菌が検出されたとの連絡があった。分離された菌は検査機関でジフテリア菌と同定されたが、毒素原性試験のため当センターに検査の依頼があった。

症例:11歳、女児。
主訴:発熱、顔色不良、意識低下。
現病歴:2005(平成17)年11月21日〜同12月21日まで、スリランカのコロンボ郊外とカタラガマを父とともに商用旅行した。帰国の翌日(12月22日)から感冒症状があり、12月25日から発熱した。12月26日に当科を受診し、急性咽頭炎の診断で入院した。CTRX静注で治療したところ12月29日には解熱し、12月30日に軽快退院した。しかし12月31日から再び発熱し、咳嗽を伴うようになった。このころ父親にも類似の症状が見られた。2006(平成18)年1月9日に当科を再受診したときは、体温40.0℃、III/6度の心雑音を聴取(病前と不変)、咽頭発赤は軽度、扁桃は両側Grade IIで白苔付着なし、頚部リンパ節腫脹なし、であった。

既往歴:21トリソミーで先天性心疾患の合併あり、3歳時に肺動脈閉鎖、、心室中隔欠損根治術を受けた。DPTワクチンはI期の追加まで完了。

検査所見:1月9日は、白血球数7,300/μl、CRP 16.6mg/dl、AST 174IU/l、ALT 102IU/l、LDH 564IU/lであり、炎症反応の亢進と肝機能障害を認めた。静脈血培養を提出し、のちにCorynebacterium diphtheriae が検出された。胸部レントゲンで心胸郭比66.0%で心拡大があり、右下肺に肺炎像を認めた。心エコー所見から感染性心内膜炎は否定的であった。

臨床経過:1月9日に入院しBIPM静注で治療開始したが、発熱が持続し血液検査所見も改善しないので、CTRX+MINO静注に変更したところ、すみやかに解熱した。入院時に提出した静脈血培養の菌種・感受性検査が判明した時点で、PIPC+CLDM に変更した。14日間、同剤で治療を続けたがCRP弱陽性の状態が持続するため、AMPC/SBTに変更した。その後、ようやくCRPが陰性化し、2月21日に退院した。

ジフテリア菌の検査:1月23日の夕方、当センターに検体(分離株、カルチャーボトル)が搬入され、検査開始まで冷蔵保存した。ジフテリア菌の検査用培地や同定キットは常備していないため急遽手配し、また国立感染症研究所(感染研)細菌第二部第三室から毒素原性試験用試薬等の分与を受けた。ジフテリアの検査法については感染研の病原体検出マニュアルに詳しく載っているが、毒素原性試験は実務経験者がいないため、検査法について感染研に助言を求めるとともに、確認のために検体の一部を感染研に送付して毒素原性試験を依頼した。翌24日の夕方に感染研より当センターに試薬が到着し、PCRとElek法による菌の毒素原性試験を開始した。

菌の毒素遺伝子の検出をPCR法で実施した結果は、陽性対照のみPCR産物が確認され、患者株と陰性対照では標的遺伝子の増幅が見られなかった。Elek法による毒素の検出は、寒天培地の中央にジフテリア抗毒素(500U/ml)を添加し、その周囲に陽性対照株、患者株、陰性対照株を穿刺して37℃で1〜2日間培養して実施した。培養24時間後には陽性対照のみ抗毒素との抗原抗体反応による沈降線が確認され、患者株と陰性対照は48時間後でも沈降線が見られなかった。Elek法では、穿刺する菌の位置が抗毒素を添加した穴に近すぎると、培養により増殖した菌が出現した沈降線上を覆い、沈降線が確認できなくなる。また、位置が遠すぎると、沈降線の形成に時間を要するとともに沈降線が薄くなるため、注意が必要である。穿刺する菌の距離は抗毒素を添加した穴から0.5cm〜1.0cmの範囲で検討した結果、24時間後の観察で0.8cmの位置に穿刺した場合が最も沈降線が見やすかった。本法はPCR法や培養細胞法に比べ手技が簡単であるが感度が低いため、これらの方法を併用する必要がある。

患者株はグラム陽性桿菌で異染小体染色により異染小体を確認し、簡易同定キット(アピコリネ)を用いて試験した結果、ジフテリア菌バイオタイプgravis型と同定した。この患者株をレフレル培地で培養し、その凝固水を用いて培養細胞法で毒素の検査を行ったが、毒素は検出されなかった。さらに、カルチャーボトルの血液をDNA抽出キットで処理し、これをテンプレートとしてPCR法で毒素遺伝子を検査したが、陰性であった。後日搬入された患者血清(1/20、1/23、1/27採血)についても、細胞培養法で毒素を検査した結果はすべて陰性であり、血清の抗毒素価を感染研で測定したところ0.0328IU/ml〜0.0464IU/mlで、抗毒素価の上昇は見られなかった。以上の結果から、患者分離株は毒素非産生性のジフテリア菌であることが確認された。

一方、患者検体が搬入された3日後には、患者の父親と祖母について接触者検査を、また患者の陰性確認検査を実施するため、3人それぞれから咽頭および左右鼻腔ぬぐい液を各2本ずつ採取し、シリカゲル入りのチューブと入っていないチューブに保存して、病院から当センターまで搬入した。このうちシリカゲル入りチューブに保存した綿棒は、滅菌精製水中でよく攪拌した後DNAを抽出してPCR法で毒素遺伝子の検出を行ったが、すべて陰性であった。シリカゲルの入っていないチューブの綿棒は菌の分離に使用したが、ジフテリア菌は検出されず、3人すべての陰性が確認された。

ジフテリアは2類感染症として届出基準が示され、「ジフテリア毒素を産生するコリネバクテリウム属のC. diphtheriae の感染による急性感染症」と定義されているが、毒素非産生性のジフテリア菌やジフテリア毒素を産生するC. ulcerans C. pseudotuberculosis が分離された場合およびジフテリア様症状を呈しジフテリア菌が検出されないケースにおいても、情報提供が要請されている(IASR 27: 333-334, 2006参照)。岡山県では今回の事例の3カ月前にもジフテリア毒素産生性C. ulcerans による感染事例が報告されており、岡山県の事例を含めてここ数年間に5例が報告されているため、今後再興感染症としてジフテリアの発生動向には注意が必要である。

岡山県環境保健センター
中嶋 洋 狩屋英明 大畠律子 小倉 肇
岡山赤十字病院
長岡義晴 楢原幸二 国富泰二
国立感染症研究所細菌第二部
小宮貴子 高橋元秀 荒川宜親

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