ヒトへのH5N2亜型インフルエンザウイルス感染と同ウイルスに対する中和抗体価への通常のインフルエンザ予防接種の影響

(Vol.28 p 150-151:2007年5月号)

1.調査の目的
2005(平成17)年6月に茨城県の養鶏場の鶏から、わが国で初めての例となるA型H5N2亜型鳥インフルエンザウイルスが分離された1-3)。茨城県内40カ所の養鶏場において、鶏からウイルスが分離されまたは抗体陽性が確認され、殺処分された鶏は総計で 568万羽にのぼった。分離されたインフルエンザウイルス株は高い相同性を示し、同じ抗原亜型であるグアテマラ株と近縁であることが示唆されている3)。

この研究では、養鶏場従業員からペア血清を採取し、茨城県で分離された鶏由来インフルエンザウイルスA/ck/Ibaraki(茨城)/1/2005(H5N2)に対する中和抗体検査を行い、有意な抗体価上昇が認められるかを調査した。また、鶏からウイルスまたは抗体が検出された養鶏場の従業員および茨城県在住の一般住民を対象として、A/ck/Ibaraki(茨城)/1/2005(H5N2)に対する中和抗体価の検査に加えてインフルエンザ予防接種歴について調査を行い、抗体価が高値を示した現象が、通常のインフルエンザ予防接種等の影響を受けたかについて検討も行った。

2.方法
H5N2ウイルスまたは抗体が鶏から検出された養鶏場の従事者332名(男210名、女122名)および茨城県在住の一般住民で調査協力の得られた165名(男97名、女68名)を調査対象とした。

あわせてこれらの対象者に対して、採血前過去1年以内のインフルエンザ予防接種歴の有無についての調査を行った。また、養鶏場従事者についてはおおむね1カ月の間隔でペア血清を採取し、一般住民については単血清を採取した。これらの血清について、マイクロ中和法によって鳥インフルエンザウイルスA/ck/Ibaraki(茨城)/1/2005(H5N2)に対する中和抗体価の測定を行った。なお、養鶏場従事者には、インフルエンザ様症状は見られていなかった。

養鶏場従事者のペア血清については4倍(2管差)以上の中和抗体価上昇を有意とし、感染の可能性があるものと判定した。

3.結果
養鶏場の従事者のうち287名から、ペア血清が得られた。1回目の測定において287名中51名で、2回目の測定において54名で、40倍以上の中和抗体価を認めた。また、20名においては、ペア血清で4倍(2管差)以上の中和抗体価上昇がみられ、うち13名は過去1年間予防接種歴がなかった。

次に、中和抗体陽性率とインフルエンザ予防接種等との関係の分析については、H5N2ウイルスまたは抗体が鶏から検出された養鶏場の従事者のうち、最近1年間のインフルエンザ予防接種実施の有無について把握できた者は302名(男192名、女110名)であり、一般住民の対象者165名と合わせて、この分析の調査対象者の総計は467名(男289名、女178名)であった。

H5N2ウイルスまたは抗体の検出された養鶏場従事者と一般住民の間の中和抗体価陽性率の比較については、40倍以上を陽性とする場合では、過去1年以内のインフルエンザ予防接種歴の有無で層化したウイルスまたは抗体の検出された養鶏場従事の相対危険度は1.95(95%信頼区間:1.18-3.22)であった。80倍以上を陽性とする場合では、過去1年以内の予防接種歴の有無で層化したウイルスまたは抗体の検出された養鶏場従事の相対危険度は1.28(95%信頼区間:0.60-2.74)であった。

また、過去1年以内の通常のインフルエンザ予防接種歴の中和抗体陽性率への影響については、40倍以上を陽性とする場合では、一般住民とウイルスまたは抗体の検出された養鶏業従事者で層化した予防接種の相対危険度は4.15(95%信頼区間:2.69-6.39)であった。80倍以上を陽性とする場合では、一般住民とウイルスまたは抗体の検出された養鶏業従事者で層化した予防接種の相対危険度は3.88(95%信頼区間:1.95-7.70)であった。

50歳以上の者と50歳未満の者の中和抗体陽性率の比較については、40倍以上を陽性とする場合、予防接種歴のない者については、50歳以上の相対危険度は4.26(95%信頼区間:1.63-11.15)であった。

4.考察
H5N2ウイルスまたは抗体が鶏から検出された養鶏場の従業員13名では、ペア血清で有意な抗体価上昇が認められ、かつ過去1年間を通して通常の予防接種歴がなかった。また、これらの養鶏場で従事した者の集団は一般住民と比較して、40倍以上のH5N2中和抗体陽性率が有意に高かった。これらのことから、感染鶏に曝露したことにより、ヒトへのトリインフルエンザH5N2亜型の感染があった可能性が示唆されるが、いずれににも明らかなインフルエンザ様症状を示した者はいなかった。国外の例では、同亜型ウイルスの鶏における感染時にはヒトへのH5N2亜型の感染、またヒトにおける抗体価の上昇が認められたことはない5)。厚生労働省は血清調査より2006(平成18)年1月10日に、H5N2型ウイルスに茨城県の養鶏場で感染した者がいることを公表した6)。

単血清を用いて行った養鶏場従事者と一般住民との比較調査においては、過去1年以内における通常のインフルエンザワクチン接種者では、抗H5N2ウイルス血清中和抗体陽性率が有意に高く、H5N2中和抗体陽性反応が出現し得ることが疫学的に推計された。同亜型ウイルスの感染について、このような報告はこれまでなされたことがない。また、予防接種歴のない者においては、50歳以上の者では50歳未満の者より中和抗体陽性率が有意に高かった。

中和抗体検査は細胞中のウイルスの増殖の抑制の有無から抗体価を判定するものであるが、インフルエンザウイルスの真の感染の証明には病原体そのものの検出が必要であり、単血清の測定のみで感染の有無や時期を確定することは困難である。今回の調査からは、H5N2ウイルスに対する血清中和抗体が感染防御抗体であるかについての結論を出すことはできず、その詳細はさらなるウイルス学的、疫学的検討を要する。なお、本研究は横断的研究であり、その解釈には限界がある。(注:本稿は研究内容についての速報として示したものであり、詳細については別途研究論文として医学雑誌に投稿予定である。)

 文 献
1)緒方 剛, 公衆衛生 70: 768-771, 2006
2)緒方 剛,他, IASR 26: 298-300, 2005
3)高病原性鳥インフルエンザ感染経路究明チーム,2005年に発生した高病原性鳥インフルエンザの感染経路について、2006,http://www.maff.go.jp/tori/kentoukai/report2005.pdf
4) World Health Organization, 2002, WHO Manual on Animal Influenza Diagnosis and Surveillance, http://whqlibdoc.who.int/hq/2002/WHO_CDS_CSR_NCS_2002.5.pdf
5) Donatelli I, et al ., J Gen Virol 82: 623-630, 2001
6)平成18年1月10日付厚生労働省発表資料:茨城県及び埼玉県の鳥インフルエンザの抗体検査の結果について

茨城県保健福祉部予防課 緒方 剛 永田紀子
茨城県衛生研究所 土井幹雄 山崎良直
茨城県保健福祉部 泉 陽子 藤枝 隆 大和慎一 川田諭一
国立感染症研究所感染症情報センター 岡部信彦 安井良則 中島一敏
国立感染症研究所ウイルス第三部 田代眞人 板村繁之
自治医科大学公衆衛生学 中村好一

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