施設内赤痢アメーバ症の治療と問題点

(Vol.28 p 106-107:2007年4月号)

1.はじめに
施設内赤痢アメーバ症の問題点のひとつに感染、およびその経過の特徴に伴う治療の困難さがある。特に複数の便弄癖のあるような重度の知的障害者に赤痢アメーバが感染した場合には、被治療者自身や、それ以外の感染者の便に含まれる嚢子(シスト)によって容易に起こる再感染の予防を考慮した治療が必要となる。本稿では組織侵入性の赤痢アメーバ症に有効なメトロニダゾールと腸管腔のアメーバに特に有効なフロ酸ジロキサニドとの合剤、または併用で治療を行った2カ所の知的障害者更正施設での治療効果について述べる。

2.施設内赤痢アメーバ集団感染者に対する治療の困難さの背景
赤痢アメーバの感染は感染者の便に排出される感染型のシストを経口摂取することによって起きる。知的障害者施設内で感染が容易に拡大する原因の主要なものに、便弄癖者や便食者の存在がある。35名の赤痢アメーバ集団感染者がみられた1施設について実際に調査された結果でも、便弄癖が見られた者16名(46%)、自立して排泄ができない者22名(63%)と、シストに汚染された便を経口摂取する確立の高い施設利用者に感染者が多いことがわかっている。この施設では当初、施設内赤痢アメーバ集団感染を終息させることができた他の1施設で、施設職員の経験をもとに策定された感染予防策1)を実施するとともに、感染者のメトロニダゾールによる治療、そして治療後のフォローアップとして、糞便検査で赤痢アメーバシストと特異抗原検出キット(E. histolytica II kit, TechLab, USA)で陰性がいったん確認されるまで繰り返しメトロニダゾール治療を行った。しかしながら、集団生活を行う感染者と他の施設利用者が施設内で接触する場所や機会(食堂、浴場、作業場等)は多く、また腸からの吸収が速く腸管腔アメーバには効果が期待し難く、予防効果の小さいメトロニダゾール単独治療では感染を終息させることはできず、4カ月後の検査では再び感染既往者が居住する寮を中心に糞便検査陽性者が確認された(図1)。

3.施設内赤痢アメーバ集団感染者に対する治療方法
以上のような経験に基づいて、著者らが赤痢アメーバ集団感染に対して行った治療法は以下の通りである。 治療対象者:担当医の権限では赤痢アメーバに感染していない施設利用者に予防投薬を行うことが難しかったため、感染予防策の実行下で血清反応陽性者を含めすべての赤痢アメーバ感染が疑われる利用者を対象として集団治療を行った(*わが国ではメトロニダゾールはアメーバ治療には適応外であり、またフロ酸ジロキサニドは治験薬剤のため、投薬には被治療者本人の承諾が必要であるが、知的障害者の場合、親権者の同意が必要となるため、事前に保護者の理解を得ておく必要がある)。

治療薬:組織内アメーバに効果の高いメトロニダゾールと、腸管腔内アメーバに有効で、そのためシストの再感染の予防に効果があるフロ酸ジロキサニドの併用投与を行った。

4.治療効果
メトロニダゾールとフロ酸ジロキサニドの合剤Entamizole®治療(メトロニダゾール1.2g+フロ酸ジロキサニド1.5g/日、3分服×5日)を行った1施設、そしてメトロニダゾール治療(1.5g/日、3分服×10日)に引き続きフロ酸ジロキサニド治療(1.5g/日、3分服×10日)を行った1施設ともに治療後、それぞれ9年と3年間にわたる長期のフォローアップ検査において新たな感染は確認されておらず、集団感染を終息させることができたものと考えた。メトロニダゾール単独そしてメトロニダゾールとフロ酸ジロキサニドの併用投与を行った後者の施設の治療後のELISA法による抗体価の変遷を図2 2)に示す。メトロニダゾール単独治療後では抗体価の上昇が見られるが、メトロニダゾールとフロ酸ジロキサニド併用投与後では徐々に下降傾向を示しており、この抗体価の変遷からも感染が終息したことがうかがえる。

5.おわりに
シスト排出を伴う腸持続性感染を主とする知的障害者更生施設内赤痢アメーバ集団感染の治療には、感染源となるシストを含む便による汚染を完全に予防することは難しい面があり、むしろ感染予防効果も期待されるluminal drugであるフロ酸ジロキサニドやパロモマイシンの併用が推奨される。現在パロモマイシンが治験薬として「熱帯病・寄生虫症に対する稀少疾病治療薬の輸入・保管・治療体制の開発研究」班(厚生労働科学研究費補助金創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業)から入手可能である。また、感染予防策実施と定期的な糞便検査、そしてフォローアップ検査の重要性も明らかである。現在、感染症発生動向調査(国立感染症研究所)による赤痢アメーバ症の年間届出数はここ数年顕著な増加傾向を示しており、施設利用者への感染拡大が危惧されている。このため著者らも施設を対象として、引き続き赤痢アメーバを含めた腸管寄生原虫の感染実態調査を東京都健康安全研究センタ−の協力を得て継続している3)。

 文 献
1)竹内 勤, 他, 寄生虫の院内(施設内)感染対策;エビデンスに基づいた感染制御−基礎編(改訂2版), メジカルフレンド社, 144-152, 2003
2)小林正規, 他,日本臨床 65(増刊): 282-286, 2007
3)鈴木 淳, 他, Clinical Parasitology 17, 2006

慶應義塾大学医学部熱帯医学・寄生虫学教室 小林正規 竹内 勤
東京都健康安全研究センター微生物部寄生虫室 鈴木 淳

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