ヒト用狂犬病ワクチンの国内外の状況と接種体制

(Vol.28 p 75-76:2007年3月号)

WHOの推定では狂犬病による年間死亡者は55,000人、800〜1,000万人が曝露後ワクチン治療を受けていると報告されている。狂犬病は発症すればほぼ100%死亡するが、2〜3カ月の長い潜伏期をもつ。その潜伏期間中に中和抗体の産生を導くことにより、発症を阻止できることから、狂犬病は治療不可能であるが、予防可能な病気であるといわれている。狂犬病ワクチン接種は感染予防を目的とした曝露前ワクチン接種と狂犬病感染動物による咬傷後の発症予防を目的とした曝露後ワクチン接種に分けられる。

製品:日本ではヒト用ワクチンは乾燥組織培養不活化狂犬病ワクチンとして、化学及血清療法研究所で製造されている。このワクチンはニワトリ胚初代培養細胞に馴化したHEP-Flury 株を、ニワトリ胚初代培養細胞で増殖させ、ベータープロピオラクトンで不活化し、濃縮・精製したものである。世界で利用されているワクチンは脳組織由来ワクチンと培養細胞由来ワクチンの2種類がある。代表的なものとしてVero細胞を用いたAventis Pasteur社のVERORAB、ニワトリ胚初代培養細胞を用いたChiron Behring社のRabipur、ヒト2倍体細胞を用いたRabivacなどがある。一部の開発途上国ではいまだに羊脳由来センプル型、乳のみマウス由来の脳組織ワクチンが用いられている。WHOは脳組織由来ワクチンの製造中止を勧めている。

曝露前ワクチン接種(pre-exposure vaccination):日本においては、曝露前ワクチン接種は組織培養不活化狂犬病ワクチンを4週間隔で2回皮下注射、さらにその6〜12カ月後に1回の追加接種をすることとなっている。主に、狂犬病流行国への渡航者や、感染の危険性の高い研究者、獣医師等に対して感染予防のために接種する。

WHOでは0、7、28日目に筋肉または皮下接種する方法を推奨している。どちらの方法でも通常充分な中和抗体価が誘導される。基礎免疫を成立するためには日本における方法では渡航の半年前からの準備が必要となり、あまり現実的でない。

曝露後ワクチン接種(post-exposure vaccination):イヌからの咬傷などにより狂犬病ウイルス感染の可能性が考えられる場合(曝露後)、発症するまでの長い潜伏期の間にワクチンを接種し、免疫を賦与することにより、発症を阻止する接種法である。現在全世界で毎年1,000万以上の人々が曝露後ワクチン治療を受けている。この場合、できるだけ速やかにワクチン接種を開始することが重要である。狂犬病の流行地域において、感染の可能性のある動物に咬まれた場合、あるいは濃厚な接触をした場合には、できるだけ早く流水と石鹸により、創傷部位を十分に清浄し、消毒するとともにワクチン接種を開始する。ワクチン接種はその第1回目を0日として、以降3、7、14、30および90日の計6回皮下に注射することになっている。0日には抗狂犬病ウイルス免疫グロブリン(RIG)の接種も必要である。WHOではRIGの投与を創傷部位付近および筋肉内に行うことを推奨している。しかしながら、RIGは世界的に供給不足であり、90%以上の患者はRIGの投与なくワクチン治療を受けている現状である。日本でも、RIGは製造を行っていないため、入手は非常に困難である。

WHOの推奨する基本的なワクチン投与スケジュールは初回を0日とし、3、7、14、28日に1本ずつ筋肉内接種する方法(Essen法)がある。WHOでは90日を必須とはしていない。0日目に2ドーズ筋肉内接種し、その後7、21日目に1ドーズ接種する方法(Zagreb法)も推奨されている。日本においては90日も含めた計6回接種となっている。タイ赤十字皮内接種法(TRC-ID法)はワクチンの使用量の節約と皮内接種による速やかな免疫誘導を考慮に入れ、筋注投与の5分の1量を(1ml容量なら0.2ml)を皮内数箇所に接種する方法で、WHOにより推奨されている。代表的な接種スケジュールを表1に示す。

狂犬病ワクチンにおける問題点
日本は昨(2006)年まで36年間狂犬病の発生がなかったため、その恐ろしさが忘れ去られ、狂犬病に関する情報が行き渡っていなかった。そのため、旅行者が海外で不用意にイヌや野生動物と接触を持つことの危険性の認識が甘くなっていた。その結果が昨年の2例の輸入症例を引き起こしてしまった原因の一因でもあろう。

現在、日本における狂犬病ワクチンの生産量は年間4〜5万本である。現在のところ、化学及血清療法研究所のみが製造している状況であり、昨年の36年ぶりの狂犬病輸入症例の発生に伴い、その供給体制には限界がみられている。2005(平成17)年の日本人海外渡航者数はのべ1,740万人ほどである。年間3万人以上の死者をだす狂犬病流行国であるアジア諸国には中国に約250万人、タイに約100万人、フィリピンに約40万人程度渡航していると推定される。日本でのワクチン生産量を考えると、アジア諸国への渡航者すべてに曝露前ワクチン接種をすることは到底不可能である。狂犬病感染のリスク(渡航地域、渡航期間、渡航目的)を考えた上でのワクチン接種が求められる。加えて、国民への狂犬病に対する適切な啓発も重要と考える。

すでに述べたように、WHOは重度の曝露を受けた場合、ワクチンの接種とともに抗狂犬病免疫グロブリンの投与を推奨しているが、日本では製造されておらず、手に入らないのが現状である。また、日本で狂犬病ワクチンを常備している病院の数は少なく、迅速な対応ができない可能性もある。このような現状を考えると、今後とも昨年のような輸入発症例の発生は充分に予測されることである。このように、現在の狂犬病予防ワクチン、ワクチン接種の医療体制には多くの課題が残されている。

国立感染症研究所ウイルス第一部 森本金次郎

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