フィリピンにおける狂犬病の流行状況およびその対策

(Vol.28 p 69-70:2007年3月号)

2006年11月に、相次いで2例のフィリピンより帰国した日本人の狂犬病患者が報告された(本号3ページ4ページ参照)。これは1970(昭和45)年にネパールからの輸入感染事例が報告されて以来、36年ぶりであった。国内でのヒト感染例は1956(昭和31)年を最後に報告されておらず、日本は世界で数少ない狂犬病清浄国である。一方で世界では約55,000人の狂犬病によるヒト死亡例が毎年報告されており、特にアジアにおいては依然として公衆衛生上の対策が必要な疾患の一つである。

フィリピンでは人口10万当たり1〜2人のヒト狂犬病死亡例が報告されており、西太平洋地域では中国についで2番目に多く報告されている。そのためにフィリピン保健省にある国立疾病予防管理センターでは、現在特に優先度の高い21の疾患に対して保健プログラムが設定されているが、狂犬病もその1つである。その中では狂犬病のヒトワクチンの管理や、学童に対する教育プログラムなどの住民啓発活動、あるいは農業省の畜産局と協働してワクチンキャンペーンによる狂犬病コントロールプログラムを行う、などの様々な狂犬病の予防活動が行われている。また狂犬病は国の法定伝染病の一つであり、国のサーベイランスシステムにより監視されている。

ヒトにおける狂犬病の疫学
2001〜2006年までの報告数は図1に示すとおりである。1999年に391例が報告されたのと比較すると減少しているが、2001年以降では 250〜 300例で推移しており、明らかな減少傾向にはない。フィリピンは大小合わせて7,000余りの島からなり、17の地方に区分されるが、フィリピン全土で狂犬病患者が報告されており、明らかな地域差は認められない(図2)。また、2001年のNESSS(全国流行定点サーベイランス)データによれば66%が男性であり、24%の症例が1〜9歳であった。ところでヒトにおける狂犬病の検査室診断は、国立熱帯医学研究所でしか行われておらず、サーベイランスにおける症例は臨床診断によるものである点は留意しておく必要がある。また、フィリピンの感染症拠点病院でもあるサンラサロ病院における狂犬病患者のデータによると、咬傷動物は98%がイヌであり、2%がネコであった。動物による咬傷発生率は、年間に人口10万当たり200〜800人とされており、またワクチンの曝露後予防投与を受けた数は、102,248人(2004年)であった。ところでフィリピンにおいては全国に100カ所以上のAnimal Biting Center(動物咬傷センター)が基幹病院あるいは保健当局に設置されており、治療とともに狂犬病に関する住民への教育などを行っている。

動物における狂犬病の疫学
フィリピンにおける主要な宿主はイヌであり、国内に800万頭いると推定されている。それ以外にはネコの狂犬病陽性例が最も多いが、1例のブタの狂犬病陽性例が報告されている。イヌにおける狂犬病陽性例数は、2001年の2,550頭から2005年の1,415頭と減少傾向にある(図1)。2005年の陽性例数を地域別に見ると、第3地方や第6地方での報告数がともに249頭と多く報告されている。また、イヌにおけるワクチン接種数は例年約 100万頭で推移している。ある地域では、接種するためのワクチンの準備など経済的な理由もあるが、同時にイヌへのワクチン接種などの対策に従事できる人的資源の確保も問題であると指摘されている。

まとめ
フィリピンにおけるヒト症例の報告数は横ばいであり、依然として狂犬病対策が必要な状況であるが、経済的な理由や、関心の低下などにより十分な効果があげられていないのが現状である。特にヒトでの狂犬病の検査診断は熱帯医学研究所の1カ所でしか行われておらず、サーベイランスの症例定義は臨床診断によるため、より正確に実数を把握するためにも強化が必要であると考えられる。また、今回2例の狂犬病患者の輸入症例が発生したが、長く渡航して現地で活動する場合には、現地人と同様の狂犬病の感染リスクがあることを周知する必要があると考えられる。

謝 辞
本稿をまとめるに際してフィリピン国保健省狂犬病プログラムのDr. Minerva Vinluanよりデータの提供および活動に関する情報提供を頂いた。この場をお借りして深謝いたします。

参考資料
・Annual FHSIS Report, 2005, National Epidemiology Center, DOH, Philippines
・RABNET, World Health Organization, http://www.who.int/rabies/rabnet/en/
・NHSSS Report, 2001, National Epidemiological Center, DOH, Philippines

東北大学大学院医学系研究科微生物学分野 神垣太郎 鈴木 陽 押谷 仁
フィリピン国立熱帯医学研究所 Milanda ME
国立感染症研究所獣医科学部 井上 智

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