The Topic of This Month Vol.28 No.1(No.323)

マラリア 1999年4月〜2005年

(Vol.28 p 1-3:2007年1月号)

マラリアはハマダラカの刺咬により感染する原虫性疾患で、熱帯熱(病原体はPlasmodium falciparum )、三日熱(P. vivax )、卵形(P. ovale )、四日熱マラリア(P. malariae )の4種類がある。なかでも熱帯熱、三日熱マラリアが多くを占めるが、熱帯熱マラリアでは脳症、急性腎不全、肺水腫/急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、播種性血管内凝固症候群(DIC)様出血傾向その他の合併症を生じて重症化や死亡の危険があり、さらに薬剤耐性が深刻である。

マラリアの分布域は広く、浸淫国は100カ国を超え、そこに世界人口の4割が住んでいる。わが国を含む非浸淫地から浸淫地への渡航者数は増加しつつあり、世界全体での輸入マラリアは年間約3万例に達するとされる。

感染症発生動向調査からみたわが国のマラリア:マラリアは感染症法に基づき、4類感染症として診断した医師に全数届出が義務づけられている(届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-33.html)。本特集では、1999年4月以降のマラリア症例について集計した。以前の伝染病統計によるマラリアの年間報告数は50〜80例程度であった(IASR 22: 23-24、2001)。それと比べて1999年(ただし4〜12月)、2000年には増加がみられたが、2001年からは年々減少している(図1)。原虫種別にみると、熱帯熱マラリアは2003年まで減少したが、2004〜2005年にわずかに増加している。

1999年4月〜2005年12月に診断されたマラリア症例678例を性別・年齢群別にみると(図2)、男性が多く、年齢では、20〜29歳、次いで30〜39歳が多かった。原虫種別にみると、熱帯熱マラリアでは30〜39歳、三日熱マラリアでは20〜29歳が最も多い。15歳未満の小児マラリア症例は16例で、うち7例が熱帯熱マラリアであり、また、最近の7例はすべてアフリカでの感染であった。ただし、このデータは渡航者の年齢分布にも関係することを忘れてはならない。

図3に現在のマラリア浸淫地をアフリカ、アジア、オセアニア、中南米に大別し、報告例の推定感染地域ごとに原虫種の割合を示した。アフリカを推定感染地とする報告例では熱帯熱マラリアが多くを占めた。アジアとオセアニアはほぼ同じ傾向を示し、三日熱マラリアが多くを占め、次いで熱帯熱マラリアであった。中南米では三日熱マラリアがほとんどを占めた。

原虫種ごとに推定感染地域をみると(表1)、熱帯熱マラリアはアフリカが74%(うち、60%が西アフリカ、24%が東アフリカ)、次いでアジアが16%、オセアニアが8%であった。三日熱マラリアはアジアが59%、次いでオセアニアが18%を占めた。アジア由来の三日熱マラリアは、60%が東南アジア、37%が南アジアで感染したと推定された。卵形、四日熱マラリアはともに絶対数が少ないが、卵形マラリアはアフリカが84%を占めた。

感染症発生動向調査では、届出以降の死亡は任意報告であり、実数を必ずしも反映しないが、1999年4月〜2005年12月に診断されたマラリア症例の届出時点での死亡例は9例、うち5例は熱帯熱マラリア、4例は原虫種不明と記載されていた。

輸入マラリアの問題点と対応:熱帯熱マラリアの感染リスクはサハラ以南アフリカで特に高いことは周知の事実であるが、今回の集計からパプアニューギニアでの感染リスクも高いと思われた。また、パプアニューギニアでは三日熱マラリアの感染がより多くみられた。今後、輸入マラリア対策には、渡航者における罹患者数のみならず、地域あるいは国ごとの渡航者数当たりの罹患率にもとづく感染リスクの評価を行う必要がある。

感染症発生動向調査では、2001年以降のマラリア報告数は年々減少している。2001年末よりメフロキンの予防内服が可能となったにもかかわらず、日本人渡航者での予防内服の実施率は低いとされる(本号4ページ)が、高リスク地域への渡航者での予防内服が年々増えて患者発生件数が減少している可能性もある。

ただし、感染症発生動向調査では渡航先で発病して治癒した例についての把握は困難であり、今回得られた報告数のみで日本の渡航者のマラリアの問題全体を評価することは難しい。

一方、マラリア浸淫地で生まれ育ち、その後に非浸淫地である欧米などに移住した人々が母国を訪ねるとき(VFR=Visiting Friends and Relatives)に、マラリアの感染リスクが高いことが認識されている(IASR 27: 281, 2006参照)。これは、出生地で以前に獲得した免疫がその後も有効であると誤解し、予防手段および発症時の対応をおろそかにしたり、移住後に生まれた小児を帯同することもあるためである。このようないわゆるVFR旅行者については感染症発生動向調査での把握は困難であるが、小児の報告例を含めて日本でも最近目立つ傾向にある。また小児のマラリアでは治療に難渋することにも留意すべきである。

マラリア原虫種不明と記載された例は少なくなったが、2006年(暫定値)になお5例みられている。これは、危険な熱帯熱マラリアが診断されない可能性を示唆する(現に上述の届出時点での死亡例9例中4例が「原虫種不明」と記載されていた)。医療従事者はマラリア、特に熱帯熱マラリアでは適切な医療対応がわずかに遅れるだけでも、特に小児では重症化・死亡につながることを十分に認識する必要がある。

三日熱マラリアでも重症化例が少数が報告される一方、再発予防に用いるプリマキンに対する低感受性例が増加し、急性期治療薬クロロキンに対する耐性例も出現しつつある。

わが国で認可されているマラリア治療薬は3種類のみである。しかし、熱帯病治療薬研究班(略称)が国内未承認薬を導入し、輸入マラリアの治療が迅速かつ適切に行われる体制を確立し(http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/didai/orphan/index.htmlおよび本号6ページ)、同時に医療従事者からのマラリアなどの診断に関する相談も受け付けている。

今後の展望:最近のマラリア治療薬としては、熱帯熱マラリア原虫に対する迅速な殺滅効果のあるアーテミシニン(別名チンハオス)系薬の評価が高まっている(本号7ページ)。実際、流行地で本薬剤を含む併用療法が導入され、いくつかの地域では劇的な効果を挙げている。しかし、アーテミシニン系薬の製造には植物の栽培が必要であるが、近年、岡山大学薬学部は同薬剤の活性部位であるペルオキシドを含んだ合成化合物の開発を行い、この化合物のマラリア原虫感染マウスでの効果を確認し、さらに感染サルでの検討を進めている(本号9ページ)。また、抗マラリアワクチンとしては、大阪大学微生物病研究所が開発中のワクチンは第I相臨床試験を終了し、安全性のみならず、抗体陽転率が100%であると示されたワクチンを開発し、第II相臨床試験が予定されている(本号10ページ)。

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る