ジフテリア様症状を呈したCorynebacterium ulcerans による感染症の1例

(Vol.27 p 334-335:2006年12月号)

Corynebacterium ulcerans (以下C. ulcerans )は人獣共通感染症の起因菌であり、ウシやヒツジとの接触、または生の乳製品等の摂取により感染することが知られている。本菌にはジフテリア毒素産生能を持つものもあり、その感染によりジフテリア様の臨床症状を呈することがあるため注意が必要となる。ジフテリア毒素産生性のC. ulcerans による感染症の国内における報告は極めて少なく、過去数例が確認されているにすぎない(本号3ページ参照)。今回、我々は咽頭および鼻腔よりジフテリア毒素産生能を持つC. ulcerans を検出した1症例を経験したので報告する。

症例:57歳、女性。

既往歴:2000(平成12)年9月にS状結腸癌にて手術、2004(平成16)年3月にはCTにて両肺転移を指摘され、外科で化学療法、内科・整形外科で慢性関節リウマチのフォローを行っていた。

生活環境:インコを飼育していたが、今事例における直接の因果関係は不明。

経過:2006年7月11日より咽頭痛、咳、痰の喀出等を呈し、水分以外の摂取が不可能となり14日に伊勢原協同病院内科を受診、咽頭炎とのことから耳鼻科依頼となった。耳鼻科受診にて上咽頭から中咽頭にかけて著明な偽膜形成を認めたためジフテリア疑いとなり、全身管理の必要から入院となった。同日、咽頭および鼻腔の細菌培養を実施し、17日にC. ulcerans を検出、ジフテリア毒素産生株も存在することから臨床側にその旨報告した。既に、15日にジフテリア抗毒素 5,000単位、PIPC 4.0g/dayが投与されていた。21日の時点で喀痰の細菌培養ではC. ulcerans は陰性となり正常細菌叢に戻ったが、30日にはCandida albicans のみが検出された。その後、咽頭の偽膜形成は徐々に改善したが、重症肺炎による呼吸状態の悪化が見られた。25日患者の希望もあり外科へ転科となった。重症肺炎はさらに憎悪し、改善することなく8月4日死亡した。

細菌検査所見:咽頭および鼻腔より採取された検体をヒツジ血液寒天培地とチョコレート寒天培地にて35℃好気培養を行ったところ、24時間培養後に灰白色の大小不同の微小コロニーが形成された。それぞれのコロニーにつきグラム染色し、グラム陽性短桿菌を確認した。また、ナイセル染色ではすべてに異染小体を認めなかった。各コロニーからの純培養株をBD BBLCRYSTAL GPを使用して同定検査した結果、C. ulcerans と同定(コード 0464011145、確率98.9%)された。

分離株の毒素産生能:上記分離株のジフテリア毒素産生性をエレク試験およびPCRで調べたところ、両者で陽性となった。また、レフレル培地(1日培養)において産生される毒素の活性を培養細胞法により調べた結果、16CD50/25μlで、産生された毒素はジフテリア抗毒素で完全に中和された。これらのことから、今回の分離株はジフテリア毒素産生性のC. ulcerans であることが確認された。

考察Corynebacterium 属は上気道の常在菌でもあり、培養検査において寒天培地上のコロニー形態から病原性菌との鑑別は困難である。従って、臨床側からの情報を十分加味した上で、C. ulcerans 等を的確に検出できるよう努めていく必要があると思われる。

C. ulcerans 感染が疑われる症例に関しては、2002(平成14)年11月20日付けの健感発 1120001号「コリネバクテリウム・ウルセランスによるジフテリア様症状を呈した患者に対する対応について」により、本症例を診断した際には都道府県等に連絡し、都道府県等は厚生労働省に連絡することが通知されている(本号3ページ参照)。今回は、当該菌分離の報告を病院から受けた管轄保健所が情報収集に当たり、病院においても患者由来の菌株および血清が確保されていたことから、県衛生研究所を介して上記通知に基づく国立感染症研究所への情報提供と検査材料の送付が比較的円滑に進められた。しかし、C. ulcerans 感染症は感染症法に位置付けられていないため、患者の環境調査等が困難であったことから、感染経路を特定するまでには至らなかった。

本菌による感染症は日常遭遇することのない希少感染症であり、地方衛生研究所等においても検査体制が整っていないのが現状と思われる。従って、今後、地方衛生研究所においては少なくともPCRによるジフテリア毒素遺伝子の検出を実施し、医療現場および保健所への速やかな情報提供を可能にする必要があると考えられた。

JA神奈川県厚生連伊勢原協同病院
臨床検査室 萩原紀子 堀毛 聡 笠原茂子 菅沼 徹
耳鼻科   相澤 哲
神奈川県秦野保健所保健予防課 中村圭介 中西雅子 八ッ橋良三
神奈川県衛生研究所微生物部 岡崎則男 渡辺祐子
国立感染症研究所細菌第二部第三室 高橋元秀 小宮貴子

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