WHOのパンデミック・インフルエンザ攻略的活動計画(2006〜07年)

(Vol.27 p 312-315:2006年11月号)

2005年11月、WHO、国連食糧農業機関(FAO)、国際獣疫事務局(OIE)、および世界銀行は、高病原性鳥インフルエンザウイルスA/H5N1の動物における流行状況、関連するヒト感染のリスク評価、パンデミックウイルス出現の可能性などについて協議検討した。当時の状況に対する危惧から、次の2点を目標に早急に行動計画を立案することが合意された。

 (1)パンデミックウイルスの出現を阻止する、これが不可能であるならば、初期のウイルス拡大を最大限に遅延する。

 (2)すべての国において患者と死亡を減らすよう、インフルエンザ・パンデミック(以下、パンデミック)準備策への取り組みを強化し、経済的、社会的損失を最小限にする。

パンデミックの脅威は世界共通の問題であり、その決定的ダメージを未然に防ぐことは加盟各国に共通の責任である。21世紀最初のパンデミックは、人類の健康、現存する開発プロジェクト、そして世界経済に暗い影を落とし、世界銀行はその損失を初年だけで約8兆米ドルにのぼると試算している。前述4機関はこのような危機的状況における行動計画立案の基本方針として、(1) 地域ごとに確立された既存のインフラおよびメカニズムを活用することが最も合理的かつ確実な実行方法であること、(2)関連する緊急対策の導入は将来の新興・再興感染症の発生にも対応できるよう、長期的な研究機関等の機能充実と可能な限り統合されるべきであること、の2点を定めた。パンデミックの脅威に対する集合的防衛を強化するための資金計画は、各国の権威機関によって短期・長期需要を鑑みて立てられる国ごとの計画に基づく。WHOでは2006〜07年のパンデミック関連費用を99.4百万米ドル(内訳:本部35、アフリカ地域11、アメリカ地域8.3、東地中海地域10、欧州地域11.1、南東アジア地域12、西太平洋地域12)と計上している。

会議に出席した4機関の代表によって立案された行動計画のうち、WHOは人類の保健に関する5項目(表1)を担当し、2006〜07年の2年間に期待される結果とその達成度の評価基準を定めた。各項目の主な構成要素を直近の成果を含めて紹介する。

1.人をH5N1感染から守る

人のH5N1感染機会を減らすためには、まず感染のリスク因子についての情報を収集・解析し、リスク行動・習慣をやめさせるよう対象集団に呼びかけなければならない。次に、養鶏・屠畜業者、生鮮市場の動物小売業者、獣医、医療従事者、試験・研究機関技術者などのハイリスク集団には感染防御に必要な装備を確保し、その適切な使用方法が指導されていなければならない。現在のところ、人感染がおこる環境として最も顕著な、いわゆる裏庭養鶏などの状況において高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)が発生した場合、とくに遠隔地域ではその発生の報告が著しく遅延する。人症例の発生が動物におけるHPAI発生に先立って報告されることもいまだに少なくない。このような地域では、貧困などの理由から鶏肉・鶏卵が重要な動物性タンパク資源であり、十分な賠償制度なしには制御目的の屠畜も管轄当局への報告も期待できない。動物におけるHPAIのコントロール、賠償問題、報告の促進などに関してはFAO、OIEが「高病原性鳥インフルエンザのコントロール促進に関する世界戦略」(Global strategy for the progressive control of highly pathogenic avian influenza : http://www.fao.org/ag/againfo/subjects/documents/ai/HPAIGlobalStrategy31Oct05.pdf)を掲げて取り組みを強化している。WHOでは、人感染因子の科学的究明の促進、COMBI(Communication for behavioural Impact: http://www.emro.who.int/rbm/publications/combi-background.pdf)による住民の行動・生活様式の見直し支援、UNICEFの主導による住民に対する情報提供への技術的インプット、ハイリスク職業従事者に対する感染防御指針および防御装備の提供、病院内感染拡大防止、研究施設における事故防止のためのガイドラインの作成、トレーニングなどを行っている。

2.早期警戒システムの強化

他の発熱性呼吸器症候群とHPAIの人感染の鑑別には実験室診断が欠かせない。動物におけるHPAIの流行が確認された地域ではとくに疑い症例を迅速に探知し臨床検体を適切な試験施設で検査しなければならない。このために、畜産所轄当局と保健当局の情報共有が確保されなければならず、既存の疾病サーベイランスにHPAIの疑い症例を拾い上げる項目の導入が必要である。WHOでは、疑い症例の発生の際のフィールド調査に関するガイドラインを作成し、ハイリスク地域での調査スタッフのトレーニングを行っている。国からの要請があれば、WHOの技術的パートナー機関のネットワークであるGOARN (Global outbreak alert & response network: http://www.who.int/csr/outbreaknetwork/en/)の協力を得て国際専門家チームを派遣する。2006年11月現在までに26カ国に対してこのような支援を行ってきた。また、WHOインフルエンザ協力センターおよびH5レファレンス研究機関と国の研究機関をつなぎ、試験機関の技術・安全性評価、試薬の提供、技術者のトレーニング、試験結果の追試、さらに高度な遺伝子解析、抗インフルエンザ薬に対する感受性試験などを行っている。検体の安全かつ迅速な移送にかかわる備品と輸送費用も負担し、迅速な実験室診断のための環境整備を整えている。迅速かつ適切な調査およびWHOへの報告を実現するため、法的な枠組みである国際保健規則の2007年6月の正式発効に先駆けて、その自主的な前倒し導入が2006年1月の世界保健総会において承認された。

3.迅速封じ込めオペレーションの準備徹底

新型インフルエンザが人−人感染を起こしやすくなったサインを早期に探知できれば、抗インフルエンザ薬の予防内服と他の公衆衛生学的手段で封じ込められる可能性がある。行動計画1および2が実現されて初めて可能になる人類未踏の試みである。このオペレーションのためにすでに3百万治療コース分の抗インフルエンザ薬がスイスと米国の2カ所に備蓄されている。患者クラスター発生の報告を受けて迅速調査を行い、その調査結果に基づいて召集されるパンデミック・タスクフォース(インフルエンザ、公衆衛生の国際的権威集団と当該国当局)によって封じ込め作戦実行の是非が論じられ、最終的にはWHO事務局長によって決断される。

WHOでは、このオペレーションプロトコールのドラフト作成、その概念と実行手順を開発するための国際専門家コンサルテーション会議の開催、抗ウイルス薬の輸送と大規模予防内服に関する基本的操作手順(Standard operating procedures, SOP)の開発などを行ってきた。今後は、プロトコールに基づいた実際的なワークショップをハイリスク国の実務担当者レベルを対象に行っていく。その第1回は本年11月末にインドネシアのジャカルタで開催される。

4.パンデミック対策の推進

WHOでは1999年から加盟国にパンデミックプラン作成を呼びかけ、チェックリストの提供などによって具体的技術支援を提供してきた。地域事務局が中心となり、国プランの見直し、補足などの作業が急ピッチで進められている。すでにこのプランをもとに演習を行っている国も少なくなく、今後は地域ごと、ブロックごとにさらに演習が活発に行われていく。WHOでは、これらの演習に積極的に参加し、天然痘や生物兵器によるテロリズムを想定した国際演習での経験を生かし、期待されるリーダーシップを存分に発揮できるよう、パンデミック準備体制を国、地域、本部各レベルで強化していく。また、パンデミック警戒期に作成したHPAIに関する保健対策の技術的ガイドライン等を一歩進めてパンデミックをにらんだものを開発する必要もあり、関連各分野で専門家集団とその青写真づくりが始まっている。

5.科学研究と開発の推進

科学的根拠に基づいたより確かなパンデミック対策のため、公衆衛生学的介入に重要な研究分野への官民双方からの研究資金投入を推進しなければならない。とくに抗インフルエンザ薬、ワクチンの分野での研究は緊急性が高い。抗インフルエンザ薬では、治療や予防内服の理想的用量、耐性問題、新薬の開発、ワクチンでは、より強く広い免疫原性のための研究開発が最重要課題といえる。抗インフルエンザ薬もワクチンも供給量が圧倒的に不足しており、とくに途上国への提供が難しい現状である。抗インフルエンザ薬は製薬企業の増産努力、ライセンス取得企業による途上国での生産開始にともない着実に供給量は増えているが、実際は先進工業国の政府備蓄分以外の需要にはこたえられていないのが現状である。当面の途上国でのHPAI対策の需要に対しては、企業からWHOを通じてオセルタミビル2百万治療コースが無償で提供される。パンデミックワクチンの供給量確保のために、本年10月、The global action plan to increase supply of pandemic influenza vaccines が発表され(http://www.who.int/mediacentre/news/releases/2006/pr58/en/index.html)、ワクチン生産の現状が報告されるとともに(表2)、地球上の総人口67億人すべてにパンデミックワクチンを確保するために、1)通常の季節ワクチン接種人数の増加、2)パンデミックワクチン生産能力の増加、3)研究および開発、を三本柱とする計画骨子が発表された。

WHO Global Influenza Programme
国立感染症研究所感染症情報センター 進藤奈邦子

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