結核集団感染における分子疫学的解析

(Vol.27 p 262-263:2006年10月号)

結核は、通常の面接等の疫学調査だけでは曝露と感染の因果関係を把握しにくいことから、その防疫対策には結核菌の分子疫学的解析が有効な手段となる。分子疫学的解析の目的は、受身疫学と積極疫学に大別される。受身疫学は、通常の疫学情報を科学的に裏付ける場合で、感染が疑われる患者同士から分離された結核菌を解析し、結核菌の類似性と患者間での感染の有無を判断可能とする。積極疫学は、結核感染のリスク対策を積極的に行うための科学的データとする場合で、疫学的関連性の有無にかかわらず多数の菌株を解析し、通常の疫学調査では探知不可能な結核菌の伝播経路を把握することで、結核感染のリスク要因の解析を可能にする。

現在、結核菌の分子疫学的解析には、IS6110 を標的としたrestriction fragment length polymorphism (RFLP) 解析が広く用いられている。RFLP解析は、多様性および再現性が優れているが、そのデータはDNA断片の電気泳動パターンのため多数の菌株を比較するには時間と労力を要することから、積極疫学に用いることは困難である。一方、variable numbers of tandem repeat (VNTR)解析は、データが数値であるため多数の菌株を簡単に比較可能であり、積極疫学の方法として適している。さらに、VNTR解析はRFLP解析に比較して解析結果が早く得られる。そのため、患者間の感染の有無をより早く判断可能であり、受身疫学でも有効である。

千葉県では、菌株の死滅等の理由によりRFLP解析が行えない場合に、疫学的関連のある菌株(関連株)のVNTR解析を行うとともに、将来のVNTR解析による積極的サーベイランス実施の基礎的検討として、疫学的関連が不明な菌株(不明株)についてもVNTR解析を行っている。

表1に、関連株9事例(事例A〜J)由来20株および不明株34株の計54株について実施したRFLPおよびVNTRクラスター解析の結果を示した。RFLP解析により、2菌株で構成されるクラスターが7個、6菌株で構成されるクラスターが2個、4菌株および9菌株で構成されるクラスターがそれぞれ1個ずつ形成された。一方VNTR解析では、2菌株で構成されるクラスターが9個、3菌株、4菌株および6菌株で構成されるクラスターがそれぞれ1個ずつ形成された。7事例(事例A〜G)は、クラスターに含まれる不明株の数の違いがあるものの、両解析のいずれでも、それぞれ個別のクラスターを形成した。2事例(事例H、J)は、RFLP解析では同一クラスターに含まれたが、VNTR解析ではそれぞれ個別のクラスターに分かれた。このことから、受身疫学におけるVNTR解析の優位性が示唆された。また、RFLP解析では19株の不明株がいずれかのクラスターに含まれたが、VNTR解析では11株のみであった。不明株のクラスターへの紛れ込みが減少する結果、潜在的感染の可能性が把握しやすくなり、積極疫学でもVNTR解析が有効であることが示唆された(横山ら, 結核 80: 261)。

大阪府下でのVNTR解析の有効性が報告(松本ら, 結核 79: 269)されて以来、VNTR解析の研究が盛んに行われており、神戸市では自治体全域を対象とした分子疫学的解析にVNTR型別を使用している(岩本, 結核 81: 191)。VNTR解析は、調査対象領域の組み合わせによって型別能力が変化することから、広域でのVNTR解析の導入には、最適な調査対象領域の組み合わせ等の検討課題が残されている。しかし、VNTR解析を導入することで、従来のような患者および接触者に対する防疫対策といった受身の行政措置ではなく、積極疫学で把握した感染リスクについて行政が積極的に対策を行うことが可能となる。先進諸国中で著しく高い日本の結核罹患率の減少を図るために、分子疫学的解析を有効利用して行政の結核対策を一大転換することが今後期待される。

千葉県衛生研究所細菌研究室 横山栄二 岸田一則

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