Campylobacter jejuni 感染症が関連したGuillain- Barré症候群の疫学

(Vol.27 p 175-176:2006年7月号)

Guillain-Barré症候群(GBS)は1916年、フランスの医学者G. Guillain, J. A. Barré, およびA. Strohlによる脱力症状を呈した患者2症例の報告を契機に、1927年S. DragnescoおよびJ. Claudianが命名した運動神経障害優位の自己免疫性末梢神経疾患である。主に障害される運動神経の部位により臨床症状も異なり、外眼筋麻痺などを伴うMiller Fisher症候群、頚部・上腕部の脱力を主徴としたPCB(Pharyngeal-cervical-branchial variant of GBS)、Bickerstaff型脳幹脳炎など複数の亜型に分類されている。

典型的なGBSでは、急性に進行する両側性上下肢の脱力、深部腱反射消失等を呈し、発症1カ月以内に症状のピークが認められる。GBS発症機序の全貌は不明であるが、患者の60〜70%において発症前(1〜3週間)に上気道感染や下痢症状等が認められる特徴がある。この事実はGBS患者の一部においては、「感染症」が、ある種の“引き金”となって発症している可能性を示唆している。そのためGBS研究者らは先行症状の病因物質の特定とそのGBS発症との関連性に古くから注目し、広範な「Retrospective study」を行っていた。こうした中、1982年K. M. RhodesおよびA. E. Tattersfieldは、ヒトの主要な食中毒菌であるCampylobacter jejuni 感染症に後発したと考えられるGBSの重症例(男性:45歳)を初めて報告した。その後、C. jejuni に対する下痢症起因菌としての認識が高まる中で同様の症例が報告されるようになり、C. jejuni 症とGBS発症との関連性がにわかに注目されるところとなった。今日、GBS患者におけるC. jejuni 抗体保有状況等から、本疾患者の約30%はC. jejuni 感染症に関連したものと推定されている。

GBSの病態は運動神経の病理学的変性部位により、予後良好であることの多い髄鞘型(AIDP)と重症で後遺症の残る可能性の高い軸索型(AMAN)に分けられるが、C. jejuni 感染症に関連したGBSのほとんどは軸索型であることを特徴とする。

以下、私共の13年間(1990年12月〜2003年11月)の調査成績をもとに、C. jejuni 感染症が関連したGBSの疫学的知見や最近の情報について紹介したい。

GBS患者糞便からのC. jejuni 検索は、国内378医療機関の協力の下、765名を対象に実施した。その結果、C. jejuni は765名中87名(11%)から検出され、欧州での調査成績(英国:8%、オランダ:9%)とほぼ同様であった。先行症状は638名(83%)に認められ、C. jejuni の検出率は下痢有症者で高く、362名中78名(22%)であった。これに対して、上気道症状を主とする209名でのC. jejuni 陽性患者は2名(1%)に止まった。

次に、日本全国8地域別にC. jejuni 陽性GBS患者の発生率を比較したが、協力医療機関や所在地などによる「地域的バイアス」があるものの、9〜13%で顕著な差異はなかった。GBSの季節的発生状況の面からみると、中華人民共和国の北部農村地帯では晩夏にGBS発生率の高いことが知られているが、私共の調査では顕著な季節的発生率の偏りは認められず、年間を通じ発生していた。患者の年齢分布は北米や欧州の報告では20〜40歳と60〜70歳にピークのある2峰性であるが、本調査では少し若年層にシフトした10〜30歳および50代に同様の2峰性ピークが認められた。また、患者の男女比は欧米諸国では「約1.25:1」であるが、私共の成績は「1.7:1」と有意に男性が多かった。先行症状から発症までの期間は10日間前後の者が多く、大部分の患者は2週間以内に発症していた。

分離株の血清型(Penner型=HS)については、諸外国の報告では事例数も少なく血清型もほとんど実施されていないが、私共の成績ではGBS 患者由来102株中94株が型別され、そのうち68株(67%)はHS:19型であった。これらの成績はC. jejuni がGBS発症に関与し、特定の血清型での発症率が高いことを強く示唆している。この事実はGBS患者由来HS:19型から抽出されたGanglioside(GM1)様構造を持つ菌体多糖体(lipooligosaccharide: LOS)のウサギ投与実験によりGBSを惹起し得ることからも裏付けられた。近年、C. jejuni のうち、特に血清型HS:19型を中心に、LOSの主要合成遺伝子(cstII cgtA およびcgtB )によるGanglioside様構造の発現様式に関する研究が進展し、cstII 遺伝子の保有やその多型性がGBS発症を惹起し易いLOSの構造を形成し、C. jejuni のリスク度を規定していることが明らかとなってきた。このようないわば「ハイリスク菌」が自然界でどのように分布しているか興味深いところである。

C. jejuni 感染症に後発するGBSは散発例として確認されることが多いが、本菌集団食中毒の患者が本症を続発したという報告も稀にある(米国とオランダで各1事例)。われわれも1999年12月に発生した本菌集団食中毒において、患者19名中11名からC. jejuni (血清型HS:19型)が検出され、うち1名がGBSを発症した事例を経験している。これらの事例は、GBSの発症には患者側の免疫学的背景も深く関与していることを示唆する極めて貴重な事例であり、このような患者側のリスク要因を解明することは今後の大きな研究課題であろう。

東京都健康安全研究センター微生物部 高橋正樹 横山敬子

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る