風疹罹患の可能性をもつ妊娠女性への適切なる対応に関する研究・産褥期風疹ワクチン接種に関する検討

(Vol.27 p 96-97:2006年4月号)

先天性風疹症候群(congenital rubella syndrome:CRS)は妊娠初期の風疹罹患によって引き起こされる。初感染において特にリスクが高いが、再感染によってもまれに発生し得る。しかしCRSのリスク評価は血清学的診断だけでは困難であり、誤った情報提供により無用な人工妊娠中絶に走る妊婦の存在が懸念される。そこで、適切な情報提供のために、妊婦の抗体保有状況、CRS のリスク評価方法について検討する。また、妊娠初期検査において風疹抗体陰性・低抗体価であった者に対する産褥風疹ワクチン接種について報告する。

1.妊婦における風疹抗体保有状況

2003年6月〜2005年7月に横浜市立大学附属市民総合医療センターで妊婦延べ1,800例に対し測定した風疹HI抗体およびIgM(EIA法)の内訳をに示す。対象期間中、感染症情報からは地域における明らかな風疹の流行はなく、風疹罹患を疑う問診を得られた例もなかった。出生児がCRSと診断された例はなかった。これによると、IgMが疑陽性以上、またはHIが1,024倍の高値を示す例は合わせて100人当たり2.8人と、決してまれではないことがわかり、IgM陽性またはHI高値であっても、妊娠中の風疹罹患、患者との明らかな接触、風疹の局地流行がなければCRSのリスクを過剰に危惧する必要はなく、問診の確認と適切な情報提供が重要である。

2.CRSハイリスク妊婦の対応

2004年に厚生労働省科学研究班より発せられた「風疹流行および先天性風疹症候群の発生抑制に関する緊急提言」(以下「提言」)において示された妊娠女性への対応指針の概要は以下の通りである。

 (1)発疹の有無、風疹患者との濃厚な接触の有無について必ず問診をとる。
 (2)いずれかに該当する場合は風疹罹患を疑ってペア血清で風疹HIとIgMを測定する。
 (3)いずれにも該当しない場合、初診時に風疹HI抗体を測定する。256倍以上の場合、HIとIgMを再検する。
 (4)(2)、(3)においてHIが4倍以上の上昇、またはIgM陽性の場合、風疹罹患疑い妊婦として、地域ごとに設置されている相談窓口(2次施設)へ連絡し対応する。ただし、ケースによってCRSのリスクはさまざまであり、無用な不安をあおらないように留意する。

風疹罹患が疑われる場合、血清学的検討や、必要に応じ羊水や臍帯血などによる胎児診断がおこなわれる。しかし、母体の抗体検査結果だけでは胎児感染の有無を判断することは困難である。IgG Avidity Indexによる評価は最近の感染か否かを推定するのに有用であるとされるが、現状では商業ベースで受託する検査会社がない。

風疹の明らかな流行がなかった2005年において、2次施設への相談は、ほとんどが臨床症状を伴わないIgM陽性によるものであった。CRSのリスク評価の際、本来は問診が最も重要な情報であり、症状および患者との接触いずれもない場合の胎児感染検出率は、風疹の流行期を含めても数%に過ぎない。また前述の通り、近傍の初感染によらないIgM陽性者は確かに存在する。この点を踏まえて2次施設でのカウンセリングをおこなった結果、ほとんどが胎児診断を選択せず妊娠を継続し、CRSの発生はみられなかった。また胎児診断を施行した6例のいずれからも胎児感染は証明されなかった。一方で検索を希望せず、人工妊娠中絶を選択した例が数例あった。

このように、提言に従って検索し、2次施設を利用する施設においては、CRSのリスク評価は正しくなされていると思われる。しかし、ある地方でおこなわれた産婦人科医を対象としたアンケート調査では、提言の存在を知らなかったとの回答が30%あり、提言の周知徹底が必要である。

3.産褥風疹ワクチン接種

提言では、風疹の予防接種が勧奨されており、産褥早期の女性もその対象者である。妊娠初期検査で風疹抗体価を測定することにより、抗体陰性または低抗体価の女性を見出すことが可能で、それらの者に対する風疹ワクチン接種の機会を逸しないために、産褥早期の接種がおこなわれる。欧米では風疹抗体陰性が判明した妊婦への出産後数日以内の風疹ワクチンの接種を勧告しており、すでに広くおこなわれ、関節痛などの副反応の頻度が小児に比べ高い以外に特に問題は生じていないとされているが、本邦ではまだ一般的ではない。

産褥風疹ワクチン接種の対象者は、妊娠初期の風疹抗体価(HI)16倍以下の者である。母乳中にワクチンウイルスが検出されることがあるが、それによって児が感作を受けることはなく、授乳中でも差し支えはない。従って早産例でも可能である。

当センターで産褥4日目に接種をおこない、1カ月健診以降の採血に同意を得られた42例のうち、HIが4倍以上上昇したのは35例、83%であった。妊娠初期のHIが8倍未満の16例に限れば、全例(100%)が32倍以上の抗体価を獲得した。また副反応の有無を1カ月健診で聴取した60名のうち、副反応疑い例は2例であった(接種当日の下腿浮腫、接種当日の37℃台発熱と頭痛)。いずれも軽微であり、特別な処置を要さなかった。

産褥入院中の接種をルチン化することは、対象者への接種漏れを防ぎ、副反応の観察が可能で、妊娠している可能性がない点で都合がよい。産褥早期の風疹ワクチン接種の効果および安全性は、非妊時に比べ遜色はなく、今後広くおこなわれることが望まれる。

 文 献
1)風疹流行および先天性風疹症候群の発生抑制に関する緊急提言, http://idsc.nih.go.jp/disease/rubella/rec200408.html
2)風疹の現状と今後の風疹対策について,http://idsc.nih.go.jp/disease/rubella/rubella.html
3)種村光代,周産期医学 32(7): 849-852, 2002
4)加藤茂孝,干場 勉,臨床とウイルス 23(1):36-43, 1995
5)ACOG, Int J Gynecol Obstet 81: 241, 2003
6)Preblud SR, Orenstein WA, et al., J Inf Dis 154: 367-368, 1986
7)寺田喜平,小児内科 32: 1744-1745,2000
8)奥田美加, 他,日産婦神奈川会誌 42(2):152-155, 2006

横浜市立大学附属市民総合医療センター母子医療センター 奥田美加
横浜市立大学大学院医学研究科生殖生育病態医学 平原史樹

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