ケニア旅行で感染し、地中海紅斑熱の診断が確定した日本人旅行者の1例

(Vol.27 p 41-42:2006年2月号)

近年、日本人の海外渡航者は増加傾向にあり、なかには通常の観光地でない所を訪れる者もみられることから、日本ではなじみのない感染症が輸入される可能性も高まっている。なかでもリケッチア症はその種類が多く、臨床的所見が多様であり、特に、特徴的な刺し口や皮疹が欠如する疾患や症例では、臨床的にリケッチア症が見逃されることも多い。また、種々のリケッチアでは抗原性が交差することも多いが、それらの検査も含めて病原体診断、血清診断が可能な国内機関は限られている。

地中海紅斑熱はRhipicephalus 属のダニに媒介され、Rickettsia conorii を病原体とする疾患であり、主にヨーロッパやアフリカの地中海沿岸国における発生が知られていた。しかし1992年、Amblyomma 属のダニに媒介される新規リケッチアとしてR. africae が発見され、それによる疾患African tick-bite feverが提唱された。R. conorii R. africae とは抗原性が交差するので、従来のようなR. conorii R. africae を用いた蛍光抗体法などでは両者の疾患の区別ができず、リケッチア症を専門とする機関で区別が可能な検査方法の開発が行われてきた。今回、日本人旅行者でケニアから帰国後、発熱、発疹などを生じ、地中海紅斑熱と確定診断された1症例を経験したので報告する。

症例は55歳、男性。主訴は発熱、関節痛、発疹。既往歴では特記すべきことなし。現病歴としては2002年9月28日〜10月6日、観光のためアフリカのケニアを訪れた。観光の主な目的はアフリカの山を眺めることであった。滞在中、ジャングルには入らなかったが、戸外で山をみながら長時間過ごすことが数回あった。ケニア滞在中健康上の問題はなかった。帰国後10月11日に発熱し、咽頭痛を自覚した。10月12日には次第に全身倦怠感が増悪し、左前腕に発疹を認めた。その後、左腕の筋力低下が出現し、10月15日当院を受診した。

入院時理学的所見では、体幹部および手背に斑丘疹状の皮疹を認めた()。全身をくまなく視診したが、刺し口は認められず、リンパ節腫脹も認められなかった。体温は39℃以上であった。入院時検査成績では、WBC 11,300/μl、CRP 17.37mg/dlと炎症反応を示した。生化学検査にてGOT 78IU/l、GPT 41IU/l、LDH 653IU/lと軽度上昇を認め、さらにCPK 1,851IU/lと上昇していた。発熱、皮疹などからリケッチア症の可能性を考え、ミノサイクリン(100mg静注を1日2回、17日間)による治療を行った。経過中DICも併発したが、第7入院病日頃より快方にむかった。

国立感染症研究所・ウイルス第一部に検査を依頼したが、第5、7、11病日の血液を用い、紅斑熱群リケッチアの遺伝子glt AをターゲットとするPCR検査を行ったが、すべて陰性であった。さらに後2者の血清を用い、R. conorii その他を抗原とする蛍光抗体法を行ったところ、R. conorii R. typhi R. japonica に陽性を示し(一部抗体陽転、抗体価有意上昇を含む)、Orientia tsutsugamushi に対しては陰性であった。これより、アフリカにおける紅斑熱群リケッチア症、すなわち地中海紅斑熱、あるいはAfrican tick-bite feverのいずれかであると考えられた。特殊検査のため、血清をフランス・マルセーユの研究室(Dr. Raoult)に送ったが、そこでは、それぞれの抗原による吸収(cross adsorption)の前後でのウエスタンブロット検査を行った。両リケッチアの 130kDa蛋白に対する抗体の吸収をみた結果、本症例はR. conorii による感染であると判明した。

ケニアで感染した地中海紅斑熱の1症例を経験したが、本邦では、地中海紅斑熱とAfrican tick-bite feverの鑑別を行った初の症例と思われる1)。両疾患においては臨床症状で類似した点もあるが、多少異なる点もあり2,3)()、地中海紅斑熱ではときに予後の悪い症例もある。欧米の旅行者におけるデータでは、アフリカで感染した症例では圧倒的にAfrican tick-bite feverが多く、以前に地中海紅斑熱とされた症例の多くは、African tick-bite feverであったとも考えられる。African tick-bite feverでは軽症例も多いことから、わが国の旅行者においても見逃されてきた例があると思われる。今後、国内医療機関においてこの種のリケッチア症を迅速に診断し、治療することが求められる。また個々の症例において、これら2種類の紅斑熱群リケッチア症を区別して診断することにより、今後それらの疾患の疫学的、臨床的な特徴あるいは差違がより明らかになるものと期待される。

 文 献
1) Yoshikawa H, et al., Am J Trop Med Hyg 73(6): 1086-1089, 2005
2) Raoult D, et al., N Engl J Med 344: 1504-1510, 2001
3) Raoult D, et al., Am J Trop Med Hyg 35: 845-850, 1986

新潟市民病院・感染症科 吉川博子

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