敗血症の起因菌としてArcobacter butzleri を分離・同定した1例−日本で初めてのヒトからのArcobacter butzleri 検出例

(Vol.27 p 15-16:2006年1月号)

Arcobacter は、かつてCampylobacter の1菌種と考えられていたが、現在は少なくとも4菌種からなるArcobacter 属として分類されている1)。最も検出頻度の高いA. butzleri はヒトおよび動物に病原性を有し、欧米では腸炎や敗血症患者からの分離が報告されている2)。しかし日本では、動物や環境中からの検出が報告されているものの、ヒトからの分離例は無い。我々は、敗血症患者からA. butzleri を検出したので報告する。

事例:患者は約1年前に拡大肝右葉切除・胆管切除および胆管空腸吻合術を受けた61歳の女性。2005年10月初旬、38℃の発熱があり、抗菌薬SBT/CPZ投与でいったん解熱したが再発熱した。そこで、IPM投与、続いてPZFX投与に変更したが、約2週間にわたり胆管炎によると思われる36〜39℃台の発熱を間歇的に繰り返した。発熱2日目に血液培養を行ったところ、グラム陰性の螺旋菌が認められたため、Campylobacter を疑ってCCDA培地で微好気培養をした。分離菌の薬剤感受性テストの結果から、MINO処方に変更し、患者は解熱した。一方、この菌は同定キットApiCampyでC. coli となったが、好気培養でも増殖するため当所に搬入し、精査した。

菌の同定法:CCDA培地で分離した菌を純培養後、形状、生化学性状およびPCR によって同定した。PCRはFeraらの方法(primers; ArcBUTZ Top, CCT GGA CTT GAC ATA GTA AGA ATG A; Bot 16S-rDNA, CGT ATT CAC CGT AGC ATA GC )3)に従った。

結果:分離株はグラム陰性、螺旋状桿菌で、生菌の鏡顕像は活発なコルクスクリュー運動がみられCampylobacter 様であった。しかしCampylobacter に凝集するラテックス反応は陰性、CCDA培地に37℃では微好気および好気培養で増殖するが、42℃ではいずれの条件でも増殖しなかった。Arcobacter 培地に15〜37℃まで、好気、微好気および嫌気培養で良く増殖するが42℃では発育せず、馬尿酸分解能陰性、酢酸インドキシール陽性、オキシダーゼ陽性であることからA. butzleri またはA. cryaerophilus と考えられた。ナリジク酸およびセファロシンに耐性であったが、PCRでA. butzleri に特異的な400bpのバンドがみられること(図1)、微弱なカタラーゼ反応を示すことからA. butzleri と同定した。

考察Arcobacter は1977年に初めて牛から分離され4)、1990年代以後にヒトからの分離が報告された5,6)、いわゆる新興の病原菌である。日本で今までヒトからのArcobacter 検出例が無かったのは、まだ病原菌として認識されず、適切な分離・同定が行われなかったためと思われる。Arcobacter は概存の分離培地や培養条件でも培養できるが、一般に良く知られている病原細菌の判定基準から外れるため、見逃していた可能性が高いと考えられる。たとえば、Campylobacter を検査の対象にすると、多くの場合42℃で増菌および分離培養されるが、この温度ではArcobacter は増殖せず、37℃で培養したとしても、好気培養できるためCampylobacter の判定基準に合致しない。場合によっては、本事例のように、37℃で血液培養した菌が同定キットでC. coli と判定されるかも知れない。いずれにしろ、通常の検査ではArcobacter の同定に至らないと思われる。

日本では、牛、豚および鶏の腸管や市販鶏肉7)、また河川水8)からのArcobacter 分離が報告されている。今後、病原細菌として認識度が高まれば、ヒトからの分離例が増加し、感染経路、病原性等に関する研究が進展するのではないかと思われる。

 文 献
1) Vandamme P, et al., Int J Syst Bacteriol 41: 88-103, 1991
2) Wesley IV, Trends Food Sci Technol 8: 293-299, 1997
3) Fera MT, et al., Appl Enviro Micro 70: 1271-1276, 2004
4) Ellis WA, et al., Vet Rec 100: 451-452, 1977
5) Vandamme P, et al., Int J Syst Bacteriol 42: 344-356, 1992
6) Vandenberg O, et al., CDC EID 10, 2004
7)森田幸雄,他,日獣会誌 57: 393-397, 2004
8)森田幸雄,他,日獣会誌 58: 415-417, 2005

千葉県衛生研究所・細菌研究室 依田清江 内村眞佐子
千葉大学医学部附属病院・検査部 村田正太
千葉大学医学部附属病院・肝胆膵外科 土岐朋子

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