ノロウイルス感染症の診断−ELISA

(Vol.26 p 334-335)

はじめに

ノロウイルス(NV)は、吐物、人→人接触などによる感染性胃腸炎の原因ウイルスであると同時に、このウイルスに汚染された食材などを介して引き起こされる非細菌性食中毒の原因ウイルスとしての二面性を持つことが特徴である。いずれの感染様式においても散発的な発生と大規模な集団発生がみられる。2005年の年頭にみられた高齢者保健施設での集団感染や、幼稚園・学校、障害児施設内での感染、またカキの生食、パンを介した集団感染など、枚挙に暇が無い。

プロトタイプのNorwalk virusが発見されて35年経つが、ウイルスの細胞培養による分離は成功しておらず、いわゆるGolden standard な診断方法はいまだ確立されていない。しかし、NV遺伝子のクローニングは(Jiang, Graham, Wanget al., Science 250: 1580-1583, 1990)NVのもつウイルス学的特徴の解明のみならず、ウイルス学的診断法の開発に多大な貢献がなされた。

NVの遺伝学的診断法、すなわちRT-PCRは感度、特異性がともに優れた診断方法である。しかし、多検体診断が困難で、測定時間も長く、RNA 抽出や転写の過程でコンタミネーションに細心の注意が必要であるなどの短所も有している。

ELISAはRT-PCRに比べるとその感度と特異性が劣ることは否めない。しかし、96穴のプレートを用いれば約90検体が同時にかつ短時間に測定でき、その活用によってNV感染の特徴である二次感染拡大予防に迅速な対応ができる診断系である。

我々はバキュロウイルス発現系にて得られたウイルス様粒子(VLPs、中空粒子)(Jiang, Wang, Graham et al., J Virol 66: 6527-6532, 1992)を用いて診断系に必要なモノクローナル抗体、家兎免疫血清を作製し、これらを用いたELISAを構築した。

本稿では開発されたNV抗原検出ELISAによる迅速診断について、その評価、今後の課題について述べる。

材料と方法

診断系構築の概略について述べる。NVは多様な抗原性を有するウイルス株の集団として存在する。VLPsを用い、これらの株を共通に認識するモノクローナル抗体を作製した。モノクローナル抗体、#NV3912はgenogroup(G) Iを、#NS14はGIIをいずれも広範囲に認識する抗体で、これらを固相抗体とした。

ELISAでは多数のウイルス株(抗原型)を検出するため、NVの分子系統樹の解析にもとづいて、GIおよびGII各クラスターに代表的なVLPsに対するウサギ免疫血清を作製し検出抗体とした。この検出抗体には、GIに対する4抗血清、GIIに対する10抗血清が含まれている。測定時間は、検体をキットのウェルに注入してから、約3時間で測定結果が得られる。

NV粒子とこれらのモノクローナル抗体の抗原決定基や立体的構造解析はすでに報告されている(Parker, Kitamoto, Tanaka, et al., J Virol 7912: 7402-7409, 2005)。

食中毒事件、感染症事例からの便検体合計525検体を用いて、国内の3研究所でそれぞれ測定評価された。また、院内感染事例の12検体も検査対象とした。検査はELISAキットに添付されている手順に従って行った。比較対象検査方法であるRT-PCRはGI、GIIキャプシド領域を増幅するプライマーを用いて検出し、その手技は「ウイルス性下痢症検査マニュアル」(第3版)に準じた。

結 果

NV抗原検出ELISAキットを用いた3研究所のELISAとRT-PCRと比較して、一致率、感度、特異性がそれぞれ86%、67%、100%(榮、愛知県衛生研究所)、78%、61%、99%(大瀬戸、愛媛県立衛生環境研究所)、および78%、59%、97%(田中、堺市衛生研究所)であった。

それらをまとめた 525検体の測定結果は、一致率81.3%、感度62.6%、特異性98.9%であった(表1)。施設間格差は見られず、操作が簡単な測定キットである。

考 察

これまでのNV感染の疫学的調査から、施設内感染様式の特徴は、同一食品喫食が原因でない限り、発端者(index case)が必ず存在し、この感染者の吐物、便などから感染拡大すると言われている。したがって感染拡大の予防には、鑑別診断を含めて、早期にウイルス学的診断をすることが重要で、多検体を短時間で測定するこのELISAは簡便で効果的な方法である。この方法は特異性は満足できるが、感度はRT-PCRの6割強であり、確定的な診断が困難な場合も考えられる。この対策として、発症後早期に採取した少なくとも10検体以上の患者便等を搬入し検査することが感度差の解消に役立つと考えている。すなわち10検体搬入で複数検体以上陽性であればNVが原因の集団発生と判断ができ、速やかな拡大予防対策の構築に移行できるものと思われる。したがって、集団発生において、保健所との連携のもと、10検体以上の初期検体の搬入が望まれる。また、鑑別診断として活用すれば、多くの保健所において検査が可能になり、経済的効果も大いに期待できる。すなわち、食中毒事件では、検体搬入時にウイルス検査、細菌検査を同時進行することにより、実地疫学調査による発生状況の解析結果、さらにELISAによる検査からNV陽性であれば、細菌検査は縮小できる可能性があり、それに要する費用の削減が期待できる。一連の流れは約3時間で検査の方向性が予測される。

このNV検出ELISAは、厚生労働省から体外診断薬として認可され、11月中に発売できる運びとなった。今後、感度向上の課題が残されているが、NV感染診断および感染拡大予防に役立てられることを期待している。

堺市衛生研究所 田中智之 三好龍也 内野清子
兵庫県立大学・環境人間学部 北元憲利
デンカ生研(株)・生物ウイルス試薬部開発研究室 鎌田公仁夫
愛知県衛生研究所 榮 賢司
愛媛県立衛生環境研究所 大瀬戸光明
国立感染症研究所・ウイルス第二部 武田直和

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