茨城県で発生した鳥インフルエンザH5N2亜型事例
−人の健康管理に関する活動を中心に

(Vol.26 p 298-300)

1.はじめに

本(2005)年6月下旬に茨城県水海道市内の養鶏場の鶏から、鳥インフルエンザA型H5N2亜型が発見された。これは、わが国で見つかった初めての鳥インフルエンザH5N2である。

鳥インフルエンザH5N2については、これまでヒトが感染した事例は報告されていないが、メキシコで強毒性に変化した事例がみられることから、これまでも台湾、韓国などで殺処分が行われており、本県でも殺処分を行った。県内30カ所の養鶏場で抗体陽性が確認されたが、分離された株は高い相同性を示し、グアテマラ株と近縁であり、感染経路について家きん小委員会では未承認ワクチンなどによる人為的なものの可能性も否定できないとしている。

県保健福祉部では、発生養鶏場の従業員等の健康調査を行うとともに、殺処分等の防疫作業従事者に対する健康管理を実施したので、その概要を報告する。

2.初期対応

水海道市内のA養鶏場においては、4月上旬〜中旬にかけて鶏の産卵率の低下がみられたため、民間検査機関へ検査を依頼していた。鶏の死亡率の変化は認められず、6月上旬には産卵率は回復していた。

6月24日(金)夜、県農林水産部に検査機関より「鶏のスワブ検査の結果、鳥インフルエンザが疑われる」との連絡があった。県は動物衛生研究所へ確定検査を依頼した。翌6月25日(土)、県は当該養鶏場に対し、鶏および鶏卵の移動自粛を要請するとともに、当該養鶏場および周辺養鶏場への立ち入り調査を実施した。

6月26日(日)、動物衛生研究所より県に対し、H5N2亜型のA型インフルエンザであることが確認されたとの連絡があった。この時点で農林水産部より保健福祉部に対し、初めて報告があった。同日県は、家畜伝染病予防法等に基づき、半径5kmの地域を家禽の移動禁止区域に指定した。同日水海道保健所は、発生養鶏場の従業員および農場主家族の健康調査を実施したが、インフルエンザウイルス迅速検査などで異常は認められなかった。県保健予防課では、翌日から始まる殺処分の従事者の健康管理を行う医師、保健師および資材の確保を行った。

6月27日(月)朝、茨城県は「高病原性鳥インフルエンザ対策本部(本部長:橋本昌知事)」を設置し、発生養鶏場の鶏の殺処分を決定した。水海道保健所では、殺処分従事者の健康管理、オセルタミビル投与を開始した。また、保健福祉部は、当日夜「健康危機管理委員会」を開催し、衛生管理および健康管理について評価を行った。また、県庁内に県民相談窓口が設置された。

3.防疫作業

その後の調査で発見された抗体陽性の養鶏場は、A養鶏場の周辺養鶏場からさらに県中央部に拡大し、9月までに県内30カ所の養鶏場で抗体陽性が確認され、うち7養鶏場でウイルスが検出された。

10月13日までに26養鶏場の148万935羽に対し、二酸化炭素による殺処分が行われた。殺処分については、当初農林水産部の獣医師などが従事していたが、数が増大したことから全県庁の一般職員、警察官および市町村の職員、消防署員が動員され、さらにその後は県職員の監督下に委託された業者の従業員が主に実施した。なお、6養鶏場の約262万羽が監視、管理下に置かれており、3カ月後に養鶏場自らにより殺処分される予定であり、殺処分される鶏は410万羽となる。一方、殺された鶏および卵は、ごく一部は消石灰による発酵消毒が行われているが、大半は箱詰めされて焼却処理場で焼却処分された。

4. 健康管理

(1)発生養鶏場の従業員等の健康調査:30の発生養鶏場の従業員および農場主家族計240名に対し、保健所が健康調査を実施し、問診、インフルエンザウイルス迅速診断キット、インフルエンザウイルス検出検査(PCR)では全員に異常は認められなかった。また、血清抗体検査用血液採取(ペア血清)を、現在国立感染症研究所が検査中である。

(2)防疫措置従事者の健康管理:養鶏場の近くに会場を確保して、従事者のべ25,151人に対して、水海道保健所(23日間)、水戸保健所(59日間)、鉾田保健所(16日間)、土浦保健所(16日間)の管理下で殺処分などの防疫作業の前後に健康管理を行った。県下の各保健所職員を動員したほか、病院勤務医師や在宅看護師にも依頼した。

初期には保健師による体温・血圧測定、問診とともに必要に応じて医師の診察を行い、高血圧症、有熱者、喘息等 1,198人に対し作業変更または中止を指導した。また、オセルタミビルの予防投薬を行った。さらに感染予防や十分な水分補給および休息の確保を指導した。防疫措置作業者数1日平均221人に対し、健康管理従事者数は1日平均医師2.2人、保健師等8.5人である。 その後、秋になり熱中症の危険性が低くなったことなどから、医師の確保を中止するとともに、健康管理の対象を主として感染防御に絞った。また、8月1日以降はオセルタミビルの投与を中止した。

(3) 防疫措置従事者の医療対応:作業開始後症状の出た従事者は 671人であり、主な症状は、熱中症、頭痛、血圧上昇、皮膚のかぶれ、咽頭痛、打撲等である。初期には健康管理会場や養鶏場内で医師による診療を実施したが、その後中止した。また、協力医療機関を確保し、24人が医療機関を受診し、1名が虚血性心疾患の疑いで死亡した。

5.食品・生活衛生対策

保健所生活衛生担当は、感染した養鶏場より発見以前に鶏が持ちこまれた食鳥処理施設の消毒を実施し、鳥を扱う動物取扱業者7件に対して立ち入り調査を実施した。さらに、食品営業関係者および動物取扱い業者に対して情報提供を行った。

6.住民・県民への説明

養鶏場周辺の住民などに対する説明会を県内3カ所で行い、合計110名の住民が参加した。他方、ホームページでの情報提供に加え、6月26日〜7月8日まで県庁内に県民相談窓口を設置し、154件の相談があった。また、各保健所および動物指導センターにも105件の相談があった。

7.考 察

(1)健康危機管理体制:県では、「高病原性鳥インフルエンザ対策本部(本部長:知事)」を設置して対策を行った。現場の出先機関としては、当初は保健所と家畜保健衛生所が連携して担当していたが、途中から県地方総合事務所の指揮下に統合された。

本県では事前に、昨年「高病原性鳥インフルエンザ発生時における対応マニュアル」を作成するとともに、実地訓練実施や専門家による委員会の開催等を行っており、役に立った。健康危機管理委員会を、国立感染症研究所や県内の感染症専門家、労働衛生専門家および保健所長などの参加を得て3回開催し、貴重なご指導をいただいた。

(2)防疫措置作業者の衛生管理:防疫作業従事者の衛生管理は、本県では農林水産部の業務とされている。ただし、初期には必ずしも従事者の衛生管理が十分に徹底していなかったことから、作業後の問診を行なう保健師はアイソレーションガウンやN95 マスクを着用している状況であった。そこで、作業現場におけるゾーンニング、仮設トイレ設置、作業者の防護服の正しい着脱、車両消毒などを助言した。また、健康管理会場の外に仮設水道を設置し、手洗い・うがいの徹底を指導した。その結果、保健師は防護服を着用しないで健康管理業務を行うようになった。

(3)オセルタミビルの予防投与:防疫作業従事者に対しては、当初は本県の対応マニュアルなどに沿って、オセルタミビルの予防投与を行っていた。しかし、今回はH5N2亜型であり、感染発症者もみられず、感染が広範に広がり医師の確保も難しいことから、予防投与を中止すべきと考え、厚生労働省に対し提言し、7月29日の国の通知に基づき8月1日から予防投与を中止した。

しかしながら、H5N2亜型について、台湾、韓国の発生では防疫作業従事者への予防投与を行っており、またこの問題についてはこれまでに十分エビデンスが得られていないことから、その是非については今後検討すべき課題と考える。なお、新型インフルエンザが発生した際における患者と接触する保健所職員などへの予防投薬についても、その必要性および方法について議論が必要と考える。

(4)労働衛生上の管理:当初は夏季であったため、感染防御以外の労働衛生的管理についても、健康管理会場や養鶏場内に医師を常時確保するとともに、熱中症などに対して作業上の注意点を指導してきた。しかし、秋になって作業環境が改善され、また健康管理会場が複数となったことなどから、医師の確保を中止し、感染防止に限った健康管理体制に変更した。

謝辞:本事例への対応にあたって、国立感染症研究所・感染症情報センターの岡部信彦センター長および安井良則主任研究官に多大なご指導をいただいたことに感謝を申し上げます。

茨城県保健福祉部保健予防課 緒方 剛 永田紀子

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