海外(シリア)で感染したブルセラ症事例

(Vol.26 p 273-274)

緒言:ブルセラ症は地中海沿岸諸国、中近東、中南米などを中心に世界では年間50万人の発生があるが、わが国ではほとんど報告がない。今回、我々はシリア−ヨルダン旅行後に発症したブルセラ症の症例を経験したので報告する。

事例:35歳女性。職業は事務職。2005年4月28日〜5月7日までシリア(ダマスカス、アレッポ)、ヨルダン(アンマン)を旅行した。シリアの屋台で数回、羊肉のハンバーグ(ケバブ)を食べた。乳製品の摂取はしていなかった。6月2日より両膝関節腫脹、熱感出現。6月4日夜より37℃台の発熱、6月6日より悪寒戦慄を伴う40℃の発熱が出現し、近医受診した。総合感冒薬を投与されたが改善せず、6月13日A病院へ入院となった。白血球数 2,400/μl (好中球 61.2%、リンパ球 30.6%)、血小板 6.1万/μl 、AST 155IU/l、ALT 137IU/l 、LDH 484IU/l 、CRP 1.45mg/dlと白血球、血小板減少、肝機能障害、炎症反応陽性を認め、piperacillinが投与された。いったん解熱し退院するも、再び38〜39℃台の発熱、右第1趾中足関節腫脹、疼痛が出現し6月25日に東京女子医科大学病院を受診された。この時採取された血液培養より、非常に微細なグラム陰性球桿菌が検出された。通常の検査過程で同定ができず、感染症科にコンサルテーションがあり、16S rRNA sequenceを施行した。この菌(TWCC 40430)の16S rRNA-DNA 1,463bpの配列のうち、1,462bp(99.9%)はBrucella abortus 9-941、B. suis 1,330 、B. melitensis 16Mと一致したため、ブルセラ症と診断した。その後、7月28日より右足関節痛、8月3日より足背に径1cmの輪状紅斑が出現し、7月29日の血液培養からも同じ菌が検出されたため、8月4日に、治療目的で東京女子医科大学病院へ入院となった。入院後の検査で脾腫、腹部リンパ節腫脹を認めたが、感染性心内膜炎、中枢神経感染、ぶどう膜炎などの合併は認められなかった。doxycycline 200mg 、gentamicin 250mg投与により解熱し、皮膚所見、関節痛も消失した。7月29日のブルセラ凝集反応はB. canis 320倍、B. abortus 160倍であった。

菌は IS711 領域の種特異PCR によりB. melitensis と同定された。

考察:患者の訪れたシリアにおける2003年のブルセラ症発生数は23,297件(ヨルダンは159件)と統計資料のある国の中で最も多く、検出された菌がB. melitensis であることからもシリアでの羊肉摂取による感染が最も疑われた。培養で菌の証明されたブルセラ症は日本では極めて少なく、文献上では6例を認めるのみである。このうち4例はそれぞれペルー、イラク(2例)、インドでの感染と考えられ、不明熱患者への渡航歴聴取は非常に重要である。

Brucella はoxidase陽性のグラム陰性桿菌であるが、形が非常に小さい球桿菌である以外に特徴に乏しい。その感染性は生物兵器への使用も懸念されるように非常に強力で、実験室内感染の報告もみられており、Brucella を想定しないで取り扱うことは甚だ危険である。今回の症例は検査室からのコンサルテーションがあって初めて診断に至っており、稀な感染症の診断には検査室と臨床の密接な連携が不可欠であることが改めて認識された。

 文 献
1) Papas G, et al., New Engl J Med 352: 2325-2336, 2005
2) Dahouk SA, et al., Clin Lab 49: 487-505, 2003
3) Probert WS, et al., J Clin Microbiol 42: 1290-1293, 2004
4)小久保 稔,他, 日本小児科学会雑誌 101: 1067-1070, 1997
5)寺田一志, 他, 臨床放射線 44: 953-956, 1999
6)伊佐山康郎, 日本細菌学雑誌 37: 336, 1982

東京女子医科大学・感染症科
菊池 賢 瀧村 剛 高瀬清美 藤 純一郎 安並 毅 井戸田一朗 平井由児 朴 春成
山浦 常 戸塚恭一
東京女子医科大学・臨床検査科
後藤亜江子 鵜澤 豊
東京女子医科大学・内分泌内科
原田千絵 齋藤 洋 高野加寿恵 柳町病院 石崎正明 佐藤周三

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