豚レンサ球菌感染症に関する情報

(Vol.26 p 241-242)

豚レンサ球菌であるStreptococcus suis は、直径0.5〜1.0μmの球状の菌体が連鎖を形成するグラム陽性の通性嫌気性菌である。鞭毛は有しておらず、芽胞も形成しない。カタラーゼ陰性であり、ブドウ糖を発酵する。レンサ球菌を鑑別する上で最も重要な性状である溶血性は、α、β、およびγ溶血に分けられる。α溶血では、発育集落の周囲に緑色で、不透明な小さな溶血環が認められる。血液の緑変がなく退色により褐色に見える場合もある。鏡検すると非溶血の凝集した赤血球が認められる。β溶血では、発育集落の周囲に完全に透明な溶血環が認められ、透明部を鏡検しても赤血球を認めない。γ溶血は、非溶血で全く溶血環を認めない。S. suis は、羊血液加培地ではα溶血を起こすが、菌によっては馬血液加培地でβ溶血を示す場合もある(文献1)。

S. suis は、本来は豚に髄膜炎のほかに関節炎、敗血症、肺炎、心内膜炎、心筋炎などを起こすレンサ球菌として注目されているが、ヒトにおいても髄膜炎などを引き起こすことが報告されている。Luttickenら(文献2)はS. suis による44例のヒトの症例(髄膜炎 39例; 敗血症 5例)を報告しており、40症例の患者が、発症前に生の豚肉を取り扱っていたか、豚との接触があったことが分かっている。わが国においても、細菌性髄膜炎が疑われた養豚業者の男性の髄液からS. suis が分離された症例(文献3)、腰椎硬膜外膿瘍を合併した細菌性髄膜炎を発症した食肉加工業者の男性の髄液からS. suis が分離された症例(文献4)、敗血症と診断された豚のモツ焼きの下ごしらえをしていた男性の血液からS. suis が分離された症例(文献5)、が報告されている。

2005年6月の下旬以降、中国四川省・資陽市を中心にS. suis による急激かつ重症例の流行が報告されている。この被害は主に農民の間で起こっており、8月3日までに206人の患者(そのうち死者が38人)となっている。

過去において、同様のS. suis による急激かつ重症の症例は、様々な国で報告されている。タイでは、1999年〜2000年の間に10例の報告があり、高熱、水様性下痢、厳しい筋肉痛、斑状出血皮疹で病院に入院し、病気は急速に進行し、すべての患者は、播種性血管内凝固症候群(DIC)、急性腎不全(ARF)や急性呼吸促迫症候群(ARDS)のような合併症の発症後24〜48時間以内に死亡した。すべての患者が、症状の出る前に生の豚肉や調理されていない豚の血液を喫食していた(文献6)。イギリスでは、1999年に、豚農家で働く人が発症した。倦怠感、発熱、頭痛の初発症状後、低血圧、頻脈、低酸素症、乏尿、全身性紫斑皮疹を起こし、最後には代謝性アシドーシス、DIC、ARF、敗血症ショックになり、入院12時間後に死亡した(文献7)。クロアチアでは、2000年に1例報告されている。倦怠感と高熱を初発とし、その後、低血圧、無尿、チアノーゼ、多臓器不全と敗血症性ショックを引き起こし、ICU入院16時間後に死亡した。患者は、発症前に数日間、豚の骨を取り扱った既往と、小さな傷を負っていたとの報告がある(文献8)。

日本では、髄膜炎を起こした単発的な発生例は報告されているが、集団感染事例の報告はない。過去の事例等から判断して、豚肉を取り扱う際には、手袋をするなど感染を防御するための注意が必要であり、取り扱いや調理にあたっては、食中毒防止の基本である、手洗い、調理器具の適切な洗浄/消毒等が必要である。なお本菌に限らず、豚の肉・肝臓等の生食は食の安全性の観点からもすすめられない。

文献
1. Facklam R, What happened to the streptococci: overview of taxonomic and nomenclature changes, Clin Microbiol Reviews 15: 613-630, 2002
2. Lutticken R, Temme N, Hahn G, Bartelheimer EW, Meningitis caused by Streptococcus suis : case report and review of the literature, Infection 14: 181-185, 1986
3. 松尾啓左,阪元政三郎,豚由来と思われるStreptococcus suis IIによる化膿性髄膜炎の1症例,感染症学雑誌 77 (5): 340-342, 2003
4. 茨木麻衣子,藤田信也,他田正義,大滝長門,永井博子,Streptococcus suis による腰椎硬膜外膿瘍を合併した細菌性髄膜炎の一例,臨床神経 43: 176-179, 2003
5. 柏木義勝,遠藤美代子,奥野ルミ,榎田隆一,五十嵐英夫,松尾義裕,庄司宗介,片岡康,労働災害であったことを証明した剖検材料の細菌検査の1例,レンサ球菌感染症研究会, 1996
6. Fongcom A, Pruksakorn S, Mongkol R, Tharavichitkul P, Yoonim N, Streptococcus suis infection in northern Thailand, J Med Assoc Thai 84: 1502-1508, 2001
7. Watkins EJ, Brooksby P, Schweiger MS, Enright SM, Septicaemia in a pig-farm worker, Lancet 357: 38, 2001
8. Kopic J, Paradzik MT, Pandak N. Streptococcus suis infection as a cause of severe illness: 2 cases from Croatia, Scand J Infect Dis 34: 683-684, 2002

国立感染症研究所 細菌第一部 池辺忠義 渡辺治雄

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