中国青海省より帰国した邦人からインフルエンザウイルスAH3型が検出された事例

(Vol.26 p 243-243)

症例は53歳男性。2005年7月14日から中国上海ならびに青海省を旅行し、19日に帰国した。帰国時より咽頭痛を自覚し、21日より38.4℃の発熱、全身倦怠感、頭重感が出現したため、22日に国立国際医療センター耳鼻咽喉科を独歩にて受診。咽頭炎とされたが、本人が鳥インフルエンザを心配し、当センター渡航者健康管理室を受診した。発熱と眼球結膜充血、咽頭発赤ならびに胸部聴診上、右下肺野にわずかにcoarse crackles聴取する以外特記すべき所見はなし。胸部レントゲンで明らかな肺炎像は認めず。臨床症状よりインフルエンザを疑い、迅速診断キットによる検査を実施したところ、A型インフルエンザと判明した。本症例は鳥との接触歴は当初不明であったが、鳥の間でインフルエンザA/H5N1型の流行が報告されている中国青海省から帰国直後であったことから、高病原性鳥インフルエンザ疑い症例として、新宿保健所の指示のもと、東京都福祉保健局による高病原性鳥インフルエンザアラートシステムに従い、22日夕刻に東京都健康安全研究センターへ患者検体(血液ならびに咽頭ぬぐい液)を搬入した。患者に対しては入院の必要はないと判断し、周囲への感染予防に関して詳細な説明を行い、オセルタミビルを処方して帰宅させた。

検体については、バイオハザードレベル3実験室で、QIAamp Viral RNA Mini Kit (QIAGEN)を用いて核酸RNAを抽出処理後、高病原性鳥インフルエンザウイルス(AH5、AH7、AH9型)およびヒトインフルエンザウイルス(AH1、AH3型)の遺伝子学的検査およびウイルス分離試験を開始した。遺伝子学的検査法としては、LAMP法(AH5、AH7:栄研化学)、realtime-PCR法(AH1、AH3、AH5、AH7、AH9型)およびRT-nested-PCR法(AH1、AH3型)を実施した。

22日深夜、realtime-PCR法によりAH3型遺伝子が検出され、AH1、AH5、AH7、AH9型はLAMP法およびrealtime-PCR法により否定された。翌日、RT-nested-PCR法においてもAH3型遺伝子が検出されたため、塩基配列を決定し解析を行った。その結果、本インフルエンザウイルス株は、AH3型の中でもA/California/7/2004株(WHOの2005/06シーズン用ワクチン推奨株)の近縁株であり、東京都内で2004/05シーズン後半に主に分離された株と近縁の群に属することが判明した。なお、患者は投薬後2日で解熱し、症状の悪化なく軽快した。

2004年1月〜7月までに中国における高病原性鳥インフルエンザは16省50カ所の発生が確認されており、2005年5月には青海省の青海湖内にある鳥島で死んだ渡り鳥から鳥インフルエンザ(H5N1型)ウイルスが確認されている。本症例は、通常わが国でインフルエンザの流行が見られない7月に、青海省帰国直後に発病したA型インフルエンザであり、当初臨床的にH5N1の可能性を否定できなかった。渡航者においては、わが国で流行していない時期でも臨床的に疑われる場合は積極的に迅速診断を行うべきである。また、平時からインフルエンザも想定した感染対策を実施しておく必要がある。さらに、渡航地域を確認し、鳥との接触歴を把握した上で、高病原性鳥インフルエンザを鑑別すべく迅速な対応、正確な診断に努めることがきわめて重要であると考えられた。なお、その後の調査で患者本人は鳥との接触歴はなく、患者と現地で行動を共にした11名にインフルエンザ様の症状を呈した者はいないことが判明した。

国立国際医療センター・国際疾病センター
水野泰孝 金川修造 川名明彦 工藤宏一郎
新宿区保健所 前田秀雄
東京都福祉保健局・健康安全室感染症対策課 稲垣智一
東京都健康安全研究センター・微生物部
新開敬行 長島真美 貞升健志 甲斐明美 諸角 聖

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