輸入動物(アメリカモモンガ)に由来するレプトスピラ症感染事例−静岡市(概要)

(Vol.26 p 209-211)

背景:感染症の予防および感染症の患者に対する医療に関する法律[1998(平成10)年法律第114号](以下、「法」という)が2003(平成15)年に一部改正され、動物由来感染症対策の強化を推進しているところであるが、今般、静岡市において、4類感染症であるレプトスピラ症の患者が発生し、さらに、感染源と考えられる動物が特定され、法に基づく処分等がなされたことから、その事例の概要を報告する。

患者の概要:2005年4月22日に、静岡市内の動物取り扱い業者の従業員1名(29歳男性)が、発熱、腰痛および倦怠感により、近医を受診した。漢方薬やマクロライド系抗菌薬で加療されたが改善しなかった。経過中、家人から結膜黄染、充血を指摘された。その後、乏尿、血尿が出現したため、市内の病院に入院し、急性腎不全(BUN 44mg/dl、Cr 2.8mg/dl)および肝機能障害(GOT 59IU/L、GPT 107IU/L、総ビリルビン3.2mg/dl)と診断された。同患者は輸入げっ歯目の管理も担当していたことから、患者の上司により担当医へレプトスピラ症やハンタウイルス感染の可能性が進言された。担当医師の相談を受けた千葉科学大学が、国立感染症研究所・細菌第一部の協力を得て検査を行ったところ、5月6日、患者血液からPCR法により鞭毛抗原遺伝子DNAを検出し、レプトスピラ陽性が確定された。これを受け、同日、主治医から静岡市保健所にレプトスピラ症の4類感染症発生届出がなされた。後日、患者のペア血清を用いた顕微鏡下凝集試験(MAT)においても、同動物取り扱い業者飼育のアメリカモモンガ由来株と800倍で反応した。なお、患者は、ストレプトマイシンによる治療後軽快し、5月2日に退院している。

発病前の動物の管理について、同患者はマスクをしていたものの、半袖のTシャツといった軽装で、動物に直接触れない給餌などの際は手袋をしなかったとのことであった。また、飼育中のケージで前腕の擦過傷を負ったり、し尿等の飛沫が跳ねたりすることもある飼育状況であったとのことである。

その後、同施設において、殺処分するまでの間、未出荷のアメリカモモンガを保管・飼養していたところ、別の従業員(28歳男性)が、6月1日に微熱〜高熱、関節痛、目の充血等を訴え、市内の病院を受診した。患者は、臨床的にレプトスピラ感染が疑われ、かつ患者全血からPCR法によりレプトスピラDNAが検出されたこと、さらにはこの患者全血から培養によりレプトスピラが検出されたことから、6月22日、主治医は、本患者をレプトスピラ症と診断し、同日、静岡市保健所に2例目のレプトスピラ症の4類感染症発生届出がなされた。またレプトスピラ鞭毛遺伝子、ならびにDNAジャイレースBサブユニット遺伝子(gyrB )DNA配列について、患者全血から分離培養されたレプトスピラとアメリカモモンガ分離株由来レプトスピラ間で、塩基配列が100%一致したことから、本患者は同施設において保管・飼育していたアメリカモモンガから何らかの形で感染・発症したと推定された。本症例では、初発患者調査の際に保健所から衛生指導を受け、アメリカモモンガの取り扱い時には長袖、手袋を着用していたが、発病の1週間ほど前の作業中手袋に穴があいたことにより、その際にレプトスピラに汚染されたし尿等に接触、感染した可能性が考えられた。なお、患者は、ストレプトマイシンで治療後軽快し、6月11日に退院している。

静岡市保健所の対応:1例目の届出を受けた市保健所は、5月6日より、静岡市動物指導センターとともに、動物取り扱い業者への聞き取り、施設への立ち入り等の調査を行い、患者を除く従業員5名の健康状態、施設の状況および動物の保管状況を確認した。この結果、従業員に健康に異常のある者はおらず、また、保管施設の床は次亜塩素酸ナトリウムで消毒・清掃されていたほか、ドブネズミが入ってこないような対策が取られていることが確認された。

アメリカモモンガの他、サバクトビネズミ、コビトトビネズミ、デブスナネズミ、カイロトゲネズミ等が飼育されていたが、アメリカモモンガとその他のげっ歯目の動物の飼育場所は区画で分かれていた。これらの動物について検査のためのサンプリングを行い、アメリカモモンガの飼育場所のふきとり検体および一部返品されてきたアメリカモモンガの尿についてもレプトスピラの検査を行っている。

また、アメリカモモンガについては、検討の上、5月26日に動物取り扱い業者に対して、法第29条の規定に基づく殺処分の措置命令を行った。

厚生労働省(厚労省)の対応:5月6日、静岡市から4類感染症発生届出の報告を受け、同市に対し、積極的疫学調査を指示した。5月25日には、静岡市から、患者が感染したと推定されるレプトスピラとアメリカモモンガ保菌レプトスピラの血清型が一致したこと、アメリカモモンガの出荷先および数が厚生労働省に報告された。厚生労働省では、アメリカモモンガの出荷先が複数の自治体(6自治体)にわたっていたこと、さらに、出荷されたアメリカモモンガが同じロットであったことから、レプトスピラ症の感染が拡大する危険性を踏まえ、5月27日付で、結核感染症課長名で、アメリカモモンガが出荷されていた自治体に対し、法第63条の2の規定に基づき、積極的疫学的調査を実施するとともに、法第29条に基づく動物の殺処分を指示した。

出荷先の自治体の対応:アメリカモモンガは、当該動物取り扱い業者の施設で129頭保有されており、うち37頭が出荷されていた(うち16頭は既に返品、10頭は研究に使用済み)。出荷先となった6自治体では、静岡市保健所からの連絡および厚生労働省の通知を受け、それぞれ法第15条の規定に基づく積極的疫学調査が行われた。その結果、調査によりすべてのアメリカモモンガについて、販売経過、現況等が把握された。出荷されたアメリカモモンガは、既に死亡していた2頭を除き、9頭が動物販売業者により保管、または既に個人に販売され飼養されていた。それぞれのアメリカモモンガについては、各自治体担当職員が当該所有者に十分な説明を行った上で、法第29条の規定に基づくアメリカモモンガの殺処分の命令を行い、既に死亡していた2頭を含め、11頭すべてについては殺処分されたことが確認されている。なお、これらアメリカモモンガからレプトスピラに感染した者は確認されなかった。

感染源となった動物:アメリカモモンガからはLeptospira kirschneri serovar Grippotyphosaが分離され、患者由来レプトスピラと調べた範囲でのDNA塩基配列が100%一致した。また、当該施設に保管されていたアレチネズミ、キンイロスパイニーマウス、バルチスタンコミミトビネズミ等のげっ歯目の動物からは、レプトスピラは検出されなかったが、デブスナネズミからはPCR法でL. interrogans が確認された()。また、アメリカモモンガの飼育場所のふきとり検体、返品されたアメリカモモンガの尿からもL. kirschneri のDNAが検出された。これらの動物の検査結果については、患者発生以前より実施されていた厚生労働科学研究*の研究データの一部を提供いただいたものである。以上のことから、アメリカモモンガが感染源であると特定された。

なお、アメリカモモンガは米国から、その他アメリカモモンガ以外のげっ歯目はエジプトやパキスタンから輸入されたもので、野生の動物を捕獲して出荷していたことが聞き取り調査により判明している。

アメリカモモンガはレプトスピラの保菌動物であり、抗菌薬投与による治療により、尿から病原体が検出されなくなった場合でも、完全に除菌される保証がないと考えられたことから、アメリカモモンガについては殺処分が妥当との判断に至った。動物取り扱い業者の施設に保管されていたアメリカモモンガ108頭(出荷先からの返品16頭を含む。研究に使用済みの10頭は除く)は、6月2日に動物指導センター立ち会いの下、炭酸ガスで安楽殺後、焼却された。

コメントおよび考察:一部の輸入げっ歯目が病原体レプトスピラを保有していること、病原体感染を防ぐための適切な動物の取り扱いが必要であることが改めて示された。また、感染源の特定および感染源に対する適切な措置を迅速に行うことが重要であることが再認識された。

2005(平成17)年9月1日より施行される輸入動物の届出制度においては、げっ歯目等の輸入に当たって、輸出国政府の発行する衛生証明書が必須となり、レプトスピラについては感染のおそれがないことが確認される。また、野生のげっ歯目については輸入が認められないこととなる。今後は、本制度の適切な運用に努めるとともに、万が一、国内で発生が認められた場合の対応措置についてあらかじめ決めておき、感染症拡大防止のための迅速な措置・対応を取ることが必要であると考えられる。

静岡市保健所保健予防課 大輪達仁 長坂好洋
厚生労働省健康局結核感染症課 三木 朗

*「輸入動物に由来する新興感染症侵入防止対策に対する研究」主任研究者:吉川秦弘(東京大学大学院農学生命科学研究科)、分担研究者:宇根有美(麻布大学獣医学部)、研究協力者:増澤俊幸、岡本能弘(千葉科学大学薬学部)

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